第5話

「おおっ、清水君やるっスね! URウルトラレアランクの女の子を見つけるなんて、お目が高いっス!」


 ちっ、戻ってきたかコイツ……。

 教室に戻って高橋さんと一緒に弁当を食べていた途端、どこからともなく現れた菅野の開口一番のセリフはこれだった。

 別に目をつけたわけでも何でもないのに向こうから……、というか、学校祭の時に小泉さんが連れてきたからだろう。


「菅野、お前はいつも母さんの手作り弁当じゃなかったのか」

「今日はちょっと母さんが寝坊したせいで無理だったっス。それで、食堂に行ってきたっス」


 そうか、今日お昼休みになって真っ先に教室を飛び出したのはそういうことだったのか。


「話は戻すっスけど、どうして隣のクラスの高橋さんを連れてきたんスか?」

「夏休み前に学校祭があっただろ。小泉さんから人助けしてくれと言われてしたから、こうなっただけだよ」


 あの時は漫画のセリフを一言二言口にして、高橋さんに自信をつけさせただけだ。僕のおかげかどうかは知らないけど、チアリーディングチームのステージでセンターを演じた高橋さんは誰よりも輝いた演技を見せてくれた。

 まぁ、ステージのすぐ近くで撮影していた菅野も菅野だけど。


「それでも凄いっスよ、清水君は! 俺なんて女の子からはキモイ、無理だとか……」

「クスッ、そんなことはないよ。菅野君もセンバツ予選や学校祭で写真撮影していたじゃない、十分素敵だよ」


 ちょっと高橋さん、アイツを喜ばせる言い方はよしてくれよ――と一瞬思った途端、僕は菅野が撮った写真を思い出した。

 センバツ予選会が終わった後で高橋さんが三年の先輩に泣きつく写真は、青春の一ページを切り取ったかのような仕上がりをしていた。これでもうちょっと自分に自信を持ったり、自分の顔を鏡で見たらいい男になるのになぁ。


「ほ、ホントっスか? あ、ありがとうっス!」


 ほら、すぐ調子に乗った。菅野のスラックスからテントが盛り上がっているじゃないか。

 こいつは無類の女好きで、二次元、三次元だろうが「ち〇こに響けば何でもありっス」が信条だ。そうでなければ、柚希のように何か取り柄があったとしても視界に入れない。高橋さんをコイツの視界に入れたらどうなることかと思っていたけど……、まぁ、結果良ければすべてよし、かな。


 ◇


「ごちそうさまでした」


 菅野がトイレにこっそり向かった後で、僕たちはお互いの昼ご飯を食べ終えた。アイツ、まさかトイレで自家発電に勤しんでいるんじゃないだろうな。

 それにしても……。


「どうしたの、優汰君」


 ふと、弁当箱をしまおうとしている高橋さんと目が合った。


「高橋さんって、誰に対しても優しく振舞うのかなって」


 菅野が良く「オタクに優しいギャルが居ればいいっス」とよく口にしているけど、そういう人は誰にでも優しい。さっきの高橋さんの応対がそのいいお手本だ。

 見た目のせいか、菅野はクラスに居る女子の大半が苦手意識を持っている。そんな菅野に対して優しい言葉をかけるなんて――。


「そんなことないよ。あの写真、君も見たでしょ? だからお礼を言いたくて、さ」


 確かに、あの時の写真からは高橋さんの悔し涙がこっちにも伝わりそうだった。あの写真を見た途端、僕は菅野の見方が大幅に変わった。ただ、そんなことがあったとしても菅野は相変わらずクラスでは女子からあまり好かれていない。まぁ、そればかりは仕方がないけどね。

 って、駄弁っている場合ではなかった。本題に入らないと!

 僕は片付けをそこそこにして、高橋さんの顔を向いて口を開いた。


「あの、高橋さん」

「なぁに?」

「今朝小泉さんが話していた『お礼がしたくてうずうずしている』ってことだけど、それって一体……?」


 実は今朝小泉さんから知らされてから、いったいどんなお礼が待っているのか気になっていた。


「そう。そのことなんだけど……、優汰君、どうしたの?」


 まさかとは思うけど、部室か体育館倉庫で「私の体を好きにしてもいいよ」って……?

 イカン、イカン! 僕たちは高校生だ。そんなことをしたら風紀委員が黙っていないし、生活指導の先生にバレたら一巻の終わりだ。


「まさか、エッチなこと……?」


 僕が顔を真っ赤にして問いかけると、高橋さんは笑顔を見せてから首を横に振った。


「半分あたりで、半分外れ……かな。ところで、今日の放課後は空いている?」


 僕は腕を組んで、もし柚希の一件がなかった場合どうしたかを思い出した。

 吹奏楽部の放課後の活動日は火曜と水曜、木曜だから、今日は休みだ。それでも熱心に練習をしている部員が居るから、実質毎日練習しているようなものだ。

 ただ、公式の練習日ではないから行ってもいい……、かな。


「もちろん」


 僕は笑顔で頷いた。

 後で先輩たちに叱られたら、その時はその時だ。


「それなら、今日の放課後に体育館へ来てもらえるかな。今日は私たち、練習日なんだ」

「それじゃあ、放課後に」

「ありがと! 楽しみにしているね」


 高橋さんはウィンクを飛ばすと、弁当箱とマイボトルを手にして教室を後にした。

 時計を見ると、後五分で午後の授業の予鈴が鳴るところだ。急いで次の授業の準備をしよう。


「清水君、どうしたんスか?」


 準備している間に、男子トイレに向かっていた菅野が戻ってきた。菅野の体からイカ臭いニオイは……していないよな。


「いや、何でもないよ」

「清水君、教えてくれっスよ。一体高橋さんと何を話したんスか?」

「お前には内緒だよ」

「ずるいっスよ! 俺にも教えてくれれば……」


 菅野は僕から何を話したか知りたかったけど、あいにくお前には教えてやらない。教えたらまた写真をパシャパシャ取るだろうから、内緒にしておくか。

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