第5話シーフの固有スキル
「ほれ」
俺は三人に、ある場所を指さした。
「何だ? 壁なんか指さして。いや、まさか。はははは、あんた何てことを考えるんだい。面白い、そういうことか」
ヴァレリアは気付いてくれたようだ。
シーフには隠し通路発見スキルがあることに。
シーフの固有スキルだ。
一見何もないようなところにもかかわらず、実際は通れる。
「オーガが近づいてくる。急げ」
三人は岩灰色の壁を通り抜ける。
見た目は岩灰色だが、実際は何もない空間だ。
錯覚なのか、魔法的な処置が施されているのかはわからないが、通れることには違いない。
通り抜けた先には、隠し部屋があった。
「やったぞ、オーガをやり過ごした。奴がいなくなってから宝箱のあった場所に向かえばいい」
ヴァレリアは興奮している。
宝箱を諦めかけていたのに、再び入手のチャンスが巡ってきたことに。
俺の隠し通路発見スキルによって、先ほどいた通路が見える。
オーガは一か所にとどまらず、うろうろしている。
待っていれば、どこかに行くだろう。
「おいおい、マジかよ」
「え? これって……」
ヴァレリアは先ほどいた通路に向かって、腰を下ろし、息を切らしている。
それに対して、ゴリアスとマリエルの二人は隠し部屋の奥に目が行っている。
俺も、もちろんこの部屋の異変に気付いている。
「どうした、二人とも? 何があった?」
二人の声にヴァレリアも立ち上がり、振り返る。
「な……」
そこには金銀、魔石、宝石、装備品といったものが溢れかえっていた。
魔石というのは、この世界のエネルギー源で、冒険者ギルドで高値で買い取ってくれる。
魔道具を動かしたり、モンスター除けの結界を発生させたりと重宝される。
これだけの量があれば、大都市のエネルギーが長期間期待できるだろう。
「おい、見ろよ、ゴリアス、マリエル。お宝だぞ。なんてこった、これだけあれば一生遊んで暮らせるぞ」
「ああ、すげえな」
「ええ、何ということでしょう」
ヴァレリアは歓喜に湧き、ゴリアスとマリエルは驚愕している。
ヴァレリアは宝石を手に取り、当初の目的など忘れているようだ。
「これだけのもの持ち帰るだけで大変だな。それよりも取り分だ。三人で山分けするとして、一人余計な奴がいるな」
ヴァレリアは俺に剣の切っ先を向けてきた。
そう来るか。
「取り分は多いほうがいいからな。消えてもらおうか」
「それは無理だな」
「ほう、何故だ?」
「冒険者ギルドでクエストの契約を交わすところを、レナーシャさんに目撃されている。お前たちだけで帰ってきたら、怪しまれるだろう。それに、前に言った通り俺には仲間がいる。魔法使いのな。感覚共有スキルで今の俺の場所や、声が伝わっている。逃げるのは無理だ」
嘘だ。
マルセリーヌには、そんな高度なスキルは使えない。
ここは助かるためにも、はったりで通すしかない。
「ははははは、冗談だ。それに初めから無理だと気づいていた。マリエル、杖を収めてくれ」
「?」
ヴァレリアから目線を外すと、マリエルの周囲に魔力が渦巻いていた。
魔力の奔流で、三角帽子が浮き上がっている。
「エミリオさんに手を出すと許しませんよ、ヴァレリア」
マリエルはヴァレリアに杖を向けている。
表情は怒りに満ちている。
「わかった、わかった、マリエル。冗談だと言っているだろう。お前を敵に回してただですむわけがないからな。エミリオ、罪な男だな、あんたは、ふふふ」
ヴァレリアは剣を収めた。
どうやら気が変わったようだ。
ヴァレリアは相当な手練れだと思っていたが、マリエルに恐怖している。
魔法のことに詳しくない俺にでも、マリエルの魔力は途轍もないことがわかる。
「ゴリアス、お前はいいのか?」
俺はゴリアスにも意見を訊くことにした。
ここははっきりさせた方がいいだろう。
「ふん、この部屋はエミリオが見つけたのだ。俺たちだけでは間違いなく見つけられなかった。本来ならエミリオが独占してもいいくらいだ。こっちが貰ってもいいのか? 気が引けるな」
「ああ、お前たちで三等分すればいい。俺はクエスト成功報酬さえもらえばいい」
俺の目的は財宝収集ではない。
勇者パーティーを超えることだ。
目的外のことには興味がない。
「……欲がないんですね、エミリオは」
マリエルは感心した様子だ。
何か珍しいものでも見ている目だ。
「悪かったな、エミリオ。あんたを試させてもらったんだよ。気を悪くさせたのなら謝る」
「気にするな、ヴァレリア。初めから気付いていた」
俺の危険察知スキルは、何も告げていなかった。
ヴァレリアには初めから俺を害する気などなかったのだろう。
それから俺たちは隠し部屋の地面に座り、お互いの境遇を語っている。
ヴァレリアは病気の弟のために金が必要だった。
ゴリアスは奴隷商人から弟を買い戻すために金が必要だった。
マリエルは伯爵家の長女らしいが、魔法の才能なしということで、実家を追放されたらしい。
あれだけの魔力があるというのに、追放されるというのは貴族というものはどれだけの魔力を持ち合わせているのだろうか。
実家は妹が継いだそうだ。
三人に、俺の境遇も話した。
「ははははは、勇者パーティーを超える? よくそんなこと言えたな。いや、すまない。バカにする気はなかったが、この国でそんなこと言うような身の程知らずはいないからな。それにしても、パーティーバランス悪いな。シーフに、商人に、踊り子とは。唯一まともな戦闘職が魔法使いだけとはな、ははは。その魔法使いもやる気がないとは。ヒーラーもいないじゃないか?」
ヴァレリアは心底楽しそうだ。
俺が逆の立場でも同じことを思ったかもしれない。
「いいじゃないか、勇者パーティーを超える。目標はでかいほうがいい」
「ヴァレリア、エミリオさんの夢を馬鹿にしてはいけません」
意外にもゴリアスとマリエルは肯定的だ。
「いや、あたいも応援してるさ。あまりにも突拍子もない話だったから面食らってね。許してくれ」
それからも俺たちは隠し部屋で談笑している。
「そういえば、エミリオ、あんたはたかがゴブリン一匹に随分怖がっていたな。何があったのか訊いてもいいか?」
「気付かれていたか。それは……」
俺は当時のことを話した。
パーティー結成当時、巨躯のゴブリン一匹に四人で敗走したことを。
それからというものの、三人がモンスターと戦いたがらなくなったことを。
「はははは、そいつはゴブリンキングかゴブリンロードあたりだろう。ゴブリンの上位種だ。通常のゴブリンでそこまででかいやつはいないぞ。駆け出し冒険者が運悪く上位種と戦って戦意を喪失するのはあるあるだな、はは」
「そうなのか……」
でも、この事実をモーガンたちに話せばまた戦意を取り戻すかもしれない。
俺たちは運が悪かっただけだって。
実際、実力不足も否めないが。
「運がわるかったな、エミリオ」
「……エミリオさん、可哀そうです……」
ゴリアスとマリエルも慰めてくれている。
話が一段落してから、通路を覗くとオーガはいなくなっていた。
「行こうか。まだ本来の目的が残っている」
「は? 本来の目的? あぁ、そういえばそうだったな。もう、今となってはどうでもいいがな、はは」
ヴァレリアは宝箱のことなど完全に忘れていたみたいだ。
それでも一応クエストを発注した側だから、宝箱の場所まで案内してくれた。
俺は開錠スキルでその宝箱を開けた。
その中身はというと……。
「ナイフ……」
宝石が柄についたナイフだ。
「ははは、何だ、期待させて」
そのナイフは美しいが、金色の宝箱に見合っているかというと疑問だ。
ヴァレリアたちは、金銀財宝でも入っていると期待していたのだろう。
「エミリオ、そのナイフはくれてやる。あぁ、心配するな。その他にも報酬はたんまりくれてやる」
「期待している。うちには穀潰しがいるからな」
モーガンとマルセリーヌの宿代と食事代は俺が払うことになっているからな。
ラヴェラは自分で払うといったから、俺含め三人分の宿代と食事代が必要だ。
財宝には興味ないといったが、その分は最低でも払ってもらわないと生活できない。
俺は宝箱に入っているナイフを手に取った。
ステータス画面で確認すると、疾風のナイフというらしい。
それを手に取ると、体が軽くなった。
AGI補正があるようだ。
二刀流スキルを持っていないので、元々持っていた盗賊のナイフと持ち替えることになる。
早く二刀流スキルを取りたい。
戦いの幅が増える。
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