某中学校事件簿

染 夏芽

口は災いの元 (前編)

生まれてこの方、修羅場というものにあった事が無い。

夫婦喧嘩は少々目にしてはいるが、修羅場という程のインパクトは無いと思う。

部活動にも学業にも大して打ち込んでこなかったもので、特に何も思い出もなく、義務教育の9年が終わると思っていた。

卒業まであと9日。

僕のクラスで事件が起きた。

人生初めての修羅場。

どこからか高揚感が湧いた。


YさんとMさんは仲が良かった。

いや、そう見えていただけかもしれない。

彼女らはよく愚痴を吐く。

誰にでも。そう、誰にでも。

もちろん僕にも。

その日、Mさんが女子を中心に噂を撒いた。

「Yちゃんがみんなに悪口言ってたよ」

Mさんはしょっちゅうこんな風に、会話で生まれた悪口を他人に言う癖がある。

皆も毎度の様に流そうとしている雰囲気だったが、今回ばかりは少し違った。

具体的というか、なんというか。

欠点を指摘していると言うよりかは、悪意に満ちている口ぶりだった。

チビ、一軍気取り、デブ、調子に乗っている、ぶりっ子、運動音痴など。

だが、所詮他人の戯言。

怒るどころか、それをネタにして自己紹介を考えるなど、ユニークな行動に走る者ばかりだった。

僕はそれを傍から見ているだけだったが、言葉の節々に敵意を感じた。

言われていたのは女子だけだった。

中にはメンタルの弱い子もいたが、他の子が自虐のように励まして、何とか平静を保っていた。


その日Mさんに聞く限り、言われていた女子は約10人。

その女子全員のヘイトがYさんに向いた。

Yさんも少し性格に難アリで、校則に違反したスクールメイクをしていたり、完全に主観になってしまうが、話し方が特徴的だったり、自分のことを可愛いと思い込んでる人の特徴にあてはまっていた。

それも相まって、10人のヘイトはYさんに集まった。



卒業まであと7日。

また数人、悪口を言われた人が増えた。

その中には間接的に僕も入っていた。

実はこうなった心当たりがあるのだ。

中学校3年生1学期。

丁度プログラミングで遊んでいた頃、アイデアを思いついた。

「裏サイトを作ろう」

勿論好奇心だけではなく、ちゃんとした理由もあった。

広告費だ。

なにか中学校内で組織を作りたい、イベントを開催してみたい、などという人達から小額のお金を受け取り、サイト内で告知をして儲けようと考えていた。

それには気を引けるような記事を書かなければならない。

恋愛、学校内の問題児の行動、臨時連絡など、様々なジャンルを設けて、案を練っていた。

僕はそこで失態を犯してしまったのだ。

作業は学校で支給された端末でしており、基本自分の席でしていた。

その時はMさんと席が近かったため、YさんもよくMさん席に来ていた。

その他にも1人仲良くしている人が来ていた

そのため、僕の画面も見えてしまっていたのだ。

「何作ってるの?」

何気なく3人が話しかけてきた。

偽る必要も無いと思い、素直に答えた。

「裏サイトだよ」

「なんで作ってるの?」

「まあ、色々」

素っ気なく返しているつもりなのだが、あちらが手動で話が続く。

でも、自分の好きな分野について掘り下げてくれるのは嬉しいことだ。

そのうちに僕も乗り気になっていった。


「じゃあ、みんなの記事でも書く?そういえばあの子と仲良かったじゃん」

Yさんとあまり親交がなかったため、仲良くなろうと話を持ちかけた。

照れ隠しなのか苦笑いなのか、Yさんは少しニヤニヤしていた。

それ以外は乗り気な表情だった。

即興でそれっぽいページが出来上がり、Yさんに見せてみても先程と同じ反応。

興ざめした僕は、笑いを混じらせながら冗談でこう言った。

「これ公開してみる?」

Yさんは困っているのか、何も反応がなかった。

その他の人は「え〜、やめてよ〜」という感じの反応をしていた。

すると、Yさんはいきなり教室をとび出てトイレに向かった。

僕は終始頭の上にハテナが浮かんでいたが、宥めるように2人が説明してくれた。

「あの人、冗談を真に受けるの。今回に限ったことじゃなくて、もう何回も見てる」

その事を聞いて安心したのも束の間、悲報が耳に飛び込む。

「Yさん、トイレで泣いてたんだって」

え?たかが冗談で?しかも暴言でもないのに?

面倒事はとにかく避けたいと思っていたので、即行証拠となるものを消して、裏サイトの作成を断念した。

数週間が経ち、どうやらYさんは勝手に和解したと思っていたらしく、今まででは考えられない距離感で話しかけてくる。

今思えば、泣いた、というのも自分をピュアに見せるための演技だったのだろう。

実際に涙を見た者は一人もいなかった。

裏サイトが引き金となり、その頃から悪口が頻繁に会話に出るようになったそうだ。

後悔はしているが、反省は微塵もしていない。

悪事を働いたと言い切れる程のことはしていないからだ。

Mさんを伝ってYさんとの会話を聞いた。

「夏芽のことも言ってたよ。仲良くなれたって」

は?

意味がわからなかった。

思い違いで距離をとる羽目になったのにも関わらず、仲良くなった?

ふざけるのもいい加減にしろ、と言いかけた。

それが今回の事件に関わっていたのだ。


僕が間接的に関係したというのは、卒業間近ということで、3日に1回席替えをしようということになり、ある女子と席が近くなった。

その子とは仲良く会話していただけだった

まあ、色々と意気が投合したもので。

それを見ていたYさんが、

「あの子って夏芽に釣り合ってないよね」

と言ったらしい。

これまたMさん伝いの情報だ。

お互いに恋愛感情なんて無い。

それなのにも関わらず、身勝手にそう言い切ったのだ。

でも、所詮Yさんのことだと思っていたため、大してダメージもなかった。

相手の子も傷ついてなかったようなので安心した。

それと同時に大きな高揚感を覚えた。

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