第2話 接客態度が最悪な店員
今でも忘れやしない、20年以上前の2002年10月初旬のこと。『武蔵吉池家(腹立たしいが仮名)』という店でそれは起こる。
当時も東京には行列のできるラーメン屋があちこちに存在し、ラーメンマニアたちが長蛇の列を作っていたが、『武蔵吉池家』もそのうちの一軒であった。
本来私はそういう行列ができるような店には行かない主義である。
私もラーメンが大好きだが、いくら美味くても行列に並ぶのには抵抗があったのだ。
食べ物のために行列を作るなんて、難民キャンプかよ?
内戦も食糧危機も今のところ起きていないこの日本国内においてはいささかあさましい行為ではないか?という考えを当時から持っていたためである。
そんな誇り高い私が、じゃあなぜその店に行ったかというと、当時働いていた職場でよくつるんでいた柴田という男に無理やり連れて行かれたからだ。
彼はラーメン店めぐりを生きがいにしている強度のラーメンマニアで、「騙されたと思って」とか「何事も経験だから」などとかなり強引だった。
そんな柴田に根負けした私もバカだった、と今は思う。
あの日から現在まで、時々思い出しては夜中にカンシャクを起すことがあるし、「騙されたと思って」と「何事も経験だから」という言葉は、私にとって今でも禁句だ。
さて、そのくだんのラーメン店『武蔵吉池家』は新宿某所にあり、我々が開店一時間前の午前10時に行くと、もうすでに列ができていた。
行列ができていることに私の顔はさっそく不機嫌でゆがんだが、ラーメンマニアの柴田はそうではなかったらしい。
「ラーメンってのは、行列に並ばなきゃ美味くないんだぜ」
などと、もっともらしさのかけらもない屁理屈を言って、私を余計イラつかせる。
「ここは豚骨醤油ラーメンの店でさ、スープはこってりで麺は太目オンリー。家系っぽいけどちょっと魚介のダシも入ってるみたいで…」
11時の開店までの間中、私の後ろに並んだ柴田のどーでもいいラーメンの蘊蓄を聞かされ、私の機嫌は静かにそして確実に悪化してゆく。
「来るんじゃなかった、さっさと食ってとっとと帰りたい」
私がそう切実に考えている間にも客は増え続け、我々のいる位置はすでに真ん中くらいになっていた。
そして待ちに待った開店時間の午前11時、店の入り口が開いて店員が姿を現し、先頭の客から店内に誘導し始める。
我々も前に進んで行ったが、私はその誘導している店員の言葉遣いが気になった。
「はい、モタモタしない!」「そこ、二列にならないで!」
と、完全な命令口調なのだ。
果てしなく嫌な予感がこの時からしていた。
何と感じが悪い店員だと私は思ったが、店内は意外と収容人数が多いらしく、入口はもうすぐそこ。
とりあえず評判のラーメンに、いの一番でありつける。
と、柴田より前方を進む私が入口をくぐろうとした時だった。
「はい、ここまで!」
誘導の店員の一人が何と私の襟首をつかんで後ろに引き戻しやがったのだ!
それも「ここで待って」と、そのまま私の襟首をつかんで引っ張って行くんだから信じられない。
私はかなりムッとなったが、その短髪の若い店員は私の方を見ようともせずに、
「入れ替え制ですんでぇ、しばらくお待ちくださいねぇ」
と後方の並んでいる客にぞんざいに言い放った。
これはこれでかなり腹の立つ体験だが、この時点で帰ればよかったと今では思う。
柴田も柴田で、「おいおい慌てるなよ、みっともねえぞ」と、まるで私が悪いかのようなことを言うんだからムカつく。
とはいえ、待たされる時間はそう長くはなかった。
15分後くらいから食べ終わった客が次々出てきて、30分も過ぎないうちに店内に客は残っていなかったのだ。
ネットか雑誌かなんかで下調べをしてきた柴田によると『武蔵吉池家』は食事の時間に制限を設けており、それもたった10分程度で食べ終わらなければいけないとのこと。
接客態度が悪いだけでなく、けっこうムカつくルールまで設けている。
「今片づけしてるんでー、そのまま待っててくださーい」
出てくる客に挨拶もせず、くだんの短髪は相変わらず横柄だ。
そして中から「オッケーです」の声と共に、「はいどうぞー」とようやく入店が許されたが、店中の店員も「いらっしゃいませ」の一言もない。
代わりに「そこの食券販売機で食券買って」とか「あー、こっち座って奥に詰めて」とかの指図が待っていた。
メニューは『吉池ラーメン』のみで、一杯800円(2002年当時としては法外な値だ)。
後ろの方で一名の女性客が万札しか持っていなかったらしく、両替を求めていたが「近くにコンビニあるから、そこで」と、にべもなく断られている。
しかもその女性が渋々コンビニに向かって店を出て行ったら、外に並んでた客をもう一人入れた。
女性の席はない。
つまり彼女はまた行列の最後尾から並びなおしなのだ。
さっきのこともあって、何という店だと他人事ながら腹が立った。
だが、我々はその女性が受けた以上の仕打ちをその後に受けることになる。
その客を客とも思わない態度は私の想像を超えており、「何でラーメン屋でこんな目に」と、現在でも怒りに震えることになる屈辱が我々を待っていたのだ。
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