ギャラクシー巌流島の戦い
藤原くう
前篇
ムゲン代目ミヤモトムサシには三分以内にやらなければならないことがあった。
目の前には宇宙船〈
その前でプカプカ漂う男がムサシである。ムサシはブロックノイズのようなヒゲを撫でようとして、手を透明なヘルメットにぶつけた。コツンという音もしない。
気が重そうなのは、これから三分後、
場所は、銀河辺境に位置する惑星。
三つの恒星からの熱量がすさまじく、太陽帆式宇宙船ではまともに行き来することさえ難しいその惑星は、激流のような厳しい場所ということで巌流島とも呼ばれた。
あるのはゴミのような鉱石と、あたりを照らす地獄のような光。
そこで、当代のGUN龍K0次郎は待っている。すでに約束の時間は一光年と少し過ぎ去っていて、いかに気が長く挑戦者という立場のK0次郎であっても、怒り心頭に発することは想像に難くない。
もちろん、相手の顔を真っ赤にさせるのがムサシの作戦ではある。ご先祖様から代々伝えられている話のように、門下生を待ち構えておくことはルール上禁止されている。もちろん、ルールなんてクソくらえだと跳ねのけたっていい。そんなことをすれば、銀河の渦の端から端まで悪評は広がり、故郷で待つ子どもたちに申し訳が立たなくなる。
何光年も繰り広げられている
ムサシとしては、できることはなんでもする心づもりだった。
リミットまで残り二分と三十秒。
真空下でもブラックホールの中でさえ時を刻むのをやめない腕時計が、ムサシの頭の中にけたたましい音を響かせる。脳内タイマーをはたき落としたムサシは、八つ当たりするように宇宙船の羽根をむんずとつかむ。
1キロにもわたるきらびやかな羽根をもいだムサシは、中ほどをもって、膝にぶつける。ミスリルさえも打ちくだく二―クラッシャーが、イカロスの翼めいたそれを半分に砕いた。
これで武器はできた。
長い方をアカツキと短い方をヨイ。二振りの大太刀めいた塊を、ムサシはそう名付けた。
そのべらぼうに長い刀を、カーボンワイヤーで腰に括りつける。甲羅となってしまった宇宙船を、超電磁グローブでつかみ、体をゆすぶってみるが、ヒモは外れない。刀も邪魔ではない。
満足したムサシは頷き、宇宙船から手をはなし、思い切りキック。
作用反作用に従い、ムサシは赤青白三つの恒星に囲まれた地獄へ飛んでいく。
その惑星の重力は弱かった。
不毛な地表すれすれを飛翔しながら、ムサシはご先祖様の遺したおとぎばなしを思い出す。
月での一戦は、ウサギも巣穴に引っ込んでしまうほどの空中戦だったとかなんとか。とにかくすごくてすごいということはムサシも覚えているのだが、それ以外のことは何も覚えていない。
そうやって風を感じながら――その惑星には一応空気がある――相手はどこかと目を皿にし、眼球をデジカメのように出して、見回す。
ムサシはすでに、舞台に立っている。
この惑星すべてが、バトルフィールド。
カチコチカチコチ。
神経接続した時計が、髪の毛ほどの狂いもなく試合開始の時間まで駆けていく。
……9、10、11。
時計の針がてっぺんを指す。
瞬間、大音声が鳴り響いた。
それは時計から流れた蛍の光のメロディをかき消すほどに大きく、ヘルメット越しにもそれが聞こえてくるほどの音。
ムサシは耳を押さえようとして、それを見た。
ヒカリ。
瞬く間に大きくなるその光を目撃したムサシは、瞬間、それが危険なものであると直感した。
大太刀を近づれば、むさくるしい宇宙服が横へ吹き飛んだ。モノポールでできているために反発力が生まれ、ムサシをUFOのように動かした。
稲妻のようにジグザグ動くムサシはきりもみ回転。反発力はあまりに強く、ムサシの強化された運動能力をもってしても制御することは難しい。
いや、何よりも彼を邪魔しているのは前方から飛んでくる極光。地平の向こうから昇ってくる元日の日光のように眩く、彼の視界をホワイトアウトさせた。
光が産声を上げるたび、惑星ほどのトウモロコシが破裂したような爆発音が鳴り響く。つんざくような間の抜けた音は荒涼とした惑星上の石を転がし、赤色巨星で生まれ、惑星を焦がすプロミネンスを吹き飛ばすほどの轟音。
ヘルメットがなければ即死していたのではないか。ムサシの心がざわついた。
何度も何度も殺到してくる光の弾。ヘルメット搭載のAIが、共有しているムサシの視界を解析する。衝撃波と磁力によるブロックノイズを取り除けば、遠くの空に浮かぶ人影が現れる。
濃紺の宇宙をバックに銃を構えるピンクの宇宙服。
そいつが無量大数+n代目
「不意打ちとは卑怯じゃないのか」
地表に着地したムサシはオープンチャンネルにて呼びかけた。
しばらく無言ののち、
「どの口が言うのじゃ」
スピーカーから女の声が返ってきた。しかも、のじゃ付き。ムサシの頭の中に、のじゃという語尾とともにケモミミ少女の姿が残響する。
のじゃーのじゃーのじゃー。
ムサシは、友人が実は将軍家の人間だったのを知ってしまったときのように驚いていた。
「まさか、当代のGUN龍K0次郎は女なのか……」
そう口に出してしまうほどには驚愕していた。だが、すぐに珍しいことではないのかもしれないと思い至った。
ご先祖様には、女性がいたと聞いたことがある。イオリン様と敬称付きで語られるその女性は、ロボットと化したK0次郎に対し、宇宙戦艦でラムアタックを敢行したという話が伝わっている。彼女が言うには、二本のナイフで懐に飛び込んだとされているが、その実、凶器は宇宙船の先端に集中したエネルギーの刃だった。
以来、宇宙船での吶喊は禁止されたがそれはさておき。
ムサシがぽろっとこぼした言葉に、K0次郎がムムムと声を上げる。
「女で悪いのじゃか!」
前方から光がやってくる。その眩い光からムサシが逃れれば、先ほどまでいた場所に大穴が開いていた。えぐり取られたようなクレーターからは、じうじう空気の焼ける音。
光がやってきた場所を見れば、背中のランドセル(スカイブルーでリコーダーみたいなものが飛び出ているアレ)を背負ったK0次郎が降り立った。
距離にして、1キロほど。拳銃らしきものを構えたK0次郎と、大太刀を引きずったムサシにとって、そんな距離はクロスレンジに等しい。
ムサシは、対戦相手である無量大数+n代目
GUNということだけのことはあるとムサシは思った。距離があるという前提において、剣が銃に敵うという道理はない。
それこそは、ミヤモト家に代々受け継がれている剣の流儀である。
ゆえに、弱点は銀河中に広まっている。人類が地球から出てくる前より、陰日向に闘ってきた宿敵であるGUN龍家には当然筒抜け。
ムサシと名乗るやつには距離を取れ、周りをよく見ろ、草の根は確認したか、待ち伏せされていないか……。
そんな感じのことがイベントホライズンの彼方まで広がったことで、二天一流ののれんをくぐるものは減った。今いる門下生は、宮本武蔵の物語に興味がある人間か、二刀流をかっこいいと思っている子どもくらい。
そういうわけなので、ミヤモト家はGUN龍家を憎んでいる。
噂を流しやがったのはお前らに違いない――というわけだ。
ムサシは、即席の大太刀のツルツルした柄を握る。ピンク色の宇宙服も、リロードが完了した拳銃を突き出した。
「そんなことはどうだっていい。俺とアンタに言葉はいらない。そうだろう?」
「そうじゃね。どうせ戦わないといけないんだし、下手に話をしたら情が移っちゃいそうだも――じゃもの」
とってつけたように語尾を言うK0次郎は、自由な方の手でポシェットをガサゴソまさぐる。その瞬間は明確に隙だったが、ムサシは攻撃しなかった。規則によってできなかったのだ――前回負けた側が先に攻撃すること。
ムサシは両手を二振りの柄の頭に乗せ、脱力。頭の中では色不異空空不異色色即是空空即是色というお経の一節が、少女の慌てたような言葉を押しのけ流れていく。
「おいまだか」
「もうちょっとかかるのじゃ……今日四次元の調子が悪いみたいで」
「降参したらどうだ」
「それはムリなのじゃ、五千兆円あったらネイルとかバッグとか買い放題なんじゃから」
5000兆円でできることは、銀河の景勝地で一泊二日の温泉旅行。あるいは超豪華ディナー、あるいは有名人に対する投げ銭一回などなど。
そんなお金を手にして嬉しいのかね……とムサシはそんなことを思いながらあくびを噛み殺す。
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