第6話 敏感なところ

「試験……」

「そうです。つまり、地上において一般の住民の方に危害がないことを証明していただく必要があります。要は、あなたの言うことをこのモンスターが100%聞くかどうか、あなたが何をしても逆らわないか、を見る試験です」

「ほーん」


 小針浜さんはなにやらチェックシートのようなものを取り出した。

 ちらっと覗くと、なんかすっげえいっぱいチェック項目があるんだけど……。


「ではまず……ええと、まず、あなたの名前は? 身分証あります?」


 俺に聞いてくる小針浜さん。


「あ、三崎みさき光希こうきです」


 マイナンバーカードを見せる俺。

 小針浜さんはカードリーダーを取り出してカードを照合する。


「三崎光希さん22歳……。はい、確認しました。で、次に……このモンスターの名前はなんですか?」


 そういえば聞いてなかったな。


「お前、名前なんというんだ?」


 女の子に尋ねると、彼女は胸を張って言った。


「ミャロイターナ・ピャッパチトンガロ・ビョビョビョュッポ・タンチンッピドンチンヌハッ・コハイナファーナ・イシリラル・ペッンヲコポー・ンッポ・ンッパ・トロンパーナですにゃ」

「長っ! っていうか覚えられないぞこれもうちょいなんとかならんのか」


 俺が文句を言うと、


「にゃにゃ。これでもこの国の言語で聞き取りやすいように言ったんですよ? 私の母星の言い方そのものだったらきっとまったく聞き取れませんよ?」

「そりゃそうだろうけども……」


 そう。

 ダンジョン内のモンスターと呼ばれる存在はほとんどが遠く離れた地球外の星からなんらかの方法で送り込まれたものと言われている。

 少なくともコミュニケーションをとれるモンスターたち――このワーキャットを含めてレアな存在なのだが――の言葉を信用するのならば、だが。


「言いにくいのは確かだから、ミャロ、って呼んでくれるといいにゃです」

「で、お前は親とかいないのか? その名前は親がつけたんだろ?」

「……多分、捨てられたのにゃですよ……顔も覚えていない……覚えているのは名前だけ……気が付いたらあのダンジョンにいたのにゃのです……」


 小針浜さんがうなずいて、


「いっぱんに地球上に無数に発生したダンジョンというのは、実は異星人のゴミ捨て場なのではないかという説もありますからね。いまだ全容は解明されていないので一説にすぎませんが。異星人のペットが捨てられたのがモンスターではないかという説もありますね。知性のあるモンスターは珍しいですが……。で、名前はミャ……ミャロ……? 記録しますのでもう一度ゆっくり言ってください」

「しょうがないにゃあ。ミャロイターナ・ピャッパチトンガロ・ビョビョビョュッポ・タンチンッピドンチンヌハッ・コハイナファーナ・イシリラル・ペッンヲコポー・ンッポ・ンッパ・トロンパーナにゃ」


 一生懸命シートに書き込む小針浜さん。

 そのようすを眺めていて、俺はひとつしょうもないことに気づいた。

 この小針浜さん……スーツでビシッと決めてるけど……胸、すっげえでかくねえか?

 なんかこうローテーブルにのっかちゃいそうなほどの……。

 髪をアップにして芋臭い眼鏡をかけてるから一見わからんけど、かなりの美人だし……。

 ちなみに課長とか呼ばれていたとなりのおじさん職員はやる気もないのか、スマホを片手にウトウトしはじめている。

 ちらっとそのスマホの画面を覗いてみたら野球選手のスキャンダルを報じるニュースサイトが映っていた。


 公務員仕事しろよ……。

 まあ美人で巨乳の小針浜さんがいればいいか。

 と、でっかい胸を凝視していた俺の視線に気づきもせずに、ミャロの名前を書き終わった小針浜さんは顔をあげる。もちろんその瞬間に俺は胸から目をそらす。


「ええと、ミャロは自分の年齢はわかりますか?」

「にゃ。生まれたばかりなので二十歳くらいだと思う……のにゃ」


 ……生まれたばかりで二十歳?

 はっきりいって異星人の時間感覚はまったくわからんな。

 見た目人間でいえば十二歳くらいにみえるけどな。


「時間の流れ方というのは相対的なものといいますからね。私のような文系が深く考えても間違った結論にしか到達できないでしょうから考えないことにしています」


 あー、わかるわかる、相対性理論ってやつだろ。そういうのは数学とか物理に得意なやつにまかせとくことにしている。


「では、試験に入ります。このモンスターが人間に危害を加えないこと、三崎さんのいうことをなんでも聞くことを確認します。できなかったら……」

「できなかったら?」

「刃物で突き刺して焼却炉ですね」


 ミャロはブルブルっと身体を震わせてから、


「ひぃぃ~~~がんばりますにゃ~~人間に危害なんて加えないにゃ」


 それに対して小針浜さんは冷徹に言い放つ。


「そうですか、それを試験で確認するんですよ。できなかったら焼却炉です。ではまず三崎さん、ミャロに命令して立たせてください」

「あ、はい。ええと、ミャロ、って呼べばいいのか?」


 俺が聞くと、ミャロは尻尾をゆっくり振りながら答える。


「はいにゃ。それでいいにゃですよ」

「よし、じゃあ立ち上がって」

「はーい」


 俺の言葉に従って立ち上がるミャロ。

 黒い尻尾が揺れてかわいい。

 俺のTシャツとトランクスしか身に着けてないから正直、ぶかぶかでちょっとエロい。

 いや、そう思うには若干未成熟さが目立つかな。


「では、次は座らせてください」

「座りな」


 ミャロはその通りにする。


「では寝転がらせてください」

「よし、ミャロ、横になれ」

「はーい」


 うんうん、こいつ素直だな。

 と、小針浜さんは眼鏡奥の瞳をキラリと光らせて言った。


「では雑に人間に触られても反抗しないのを確認します。三崎さん、ミャロのおなかをさすってください」

「おなか? ……ま、まあおなかくらいなら……」


 正直に言うけど、俺は女の子の身体にがっつりと触れたことなんて今までなかったので、なんか緊張する。

 でもほらこれはあれだから、ミャロはモンスターだし、この試験をクリアできなかったらミャロは刃物で刺されて焼却炉だから。

 俺はおそるおそる、ミャロのおなかをTシャツの上から撫でた。


「みゃうぅぅんっ!」


 おいおい、腹を触られたくらいで変な声を出すなよ……。

 変な声を出されたら、変な気持ちになっちゃうだろうがよ……。

 そんな俺の動揺とはうらはらに、小針浜さんが極めて冷たい口調で言う。


「では、次はもっと敏感なところを触れられても人間に反抗しないことを証明していただきます」

「えーと、どこです?」

「腋の下と太ももの内側です。あと口の中」

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