第2話 自作自演の猫救出動画

 ここはじゅんさい池公園と呼ばれる場所だ。

 その名の通り、じゅんさいが自生している大きな池があり、その周辺が整備されて公園となっている。

 市民にとってのちょっとした憩いの場だったのだが、今はダンジョンが生成されちゃったので探索者以外の人通りはほとんどない。

 俺は鳴き声のした方向……つまり池のほとりまでほとんど無意識にとぼとぼと歩いて行った。

 正直、パーティを追放されたショックで何も考えられない。特に何かを考えて鳴き声の主を探したわけではなかった。

 ただ、何かをしないと脳みそがバラバラにはじけとんでしまいそうだったのだ。


「みゃう……」


 そこにいたのは、猫だった。

 それも、子猫。

 真っ黒な毛色の黒猫だ。

 草の陰に隠れるようにしてプルプルと震えている。

 黒い毛並みは土にまみれて汚れている。


「みゃお……」


 子猫は俺の顔を見ると、警戒心マックスの怯えた表情で鳴いた。

 だけど、逃げ出すだけの体力もないようだ。


「どうしてこんなところに子猫が……?」


 やせ細り、前足には痛々しい傷があって血が黒く固まっている。


「みゃおう……」


 子猫が震える声で鳴く。

 猫か……。

 ちょうど俺が今住んでいるのはペット可の一軒家の借家だ。

 家賃五万円の築六十年のボロボロだが、飼えなくもない、拾っていこうか、と一瞬思った。

 だけど、すぐに思い出した、俺は今パーティを追放されたばかりなのだ。

 パーティ保証の借金は一括で返済しなければならない。

 あの事件以降、日本をはじめほとんどの国は大不況に陥っており、すぐに別の仕事が見つかるとも思えない。

 貯金もほとんどない。

 猫を飼うだけの余裕なんてあるはずもなかった。

 だから、俺はきびすを返して子猫を見なかったことにしようとして――。

 そして、ふとあることを思いついた。

 昨日の夜たまたま見た動画。

 確か、捨て猫を拾って育てているyootuberの動画だった。

 その再生数は一千万を超えていた。

 それだけ再生されているとなると、どれだけの収益が手に入っているんだろう……。


「みゃお~~~~ん……」


 怯えた顔で弱弱しく鳴く子猫。

 ぷるぷると震えている。

 こんな、こんなかわいい猫……。

 絶対に、ネットで人気になる。

 俺はそっと子猫に手を伸ばす。

 子猫はプルプルと震えるばかりで、抵抗する元気もないようだ。

 片手に軽くのるくらいの小さな体。

 ほのかにあったかい。

 もし、もし俺がこの猫を池に放り込んで――。

 それを助ける動画をアップしたら――。

 めちゃくちゃバズって金持ちになれたりするんじゃないか……?

 俺は左の手の平に子猫をのせたまま、右手でスマホを取り出し、カメラをONにする。


「みゃお?」


 俺の顔を覗き込むようにして鳴く子猫。

 俺はその猫を池に放り込もうとして――。


「にゃあ」


 くっ!

 できないっ!

 こんなかわいい動物を金儲けのために池に放り投げるなんて、俺にはとてもできない!


「す、すまない、俺はなんてことをしようとしたんだ……」


 子猫を地面に戻す。

 と、その瞬間だった。


「カアァァァアッ‼」


 大きな黒い影がいきなり空から急降下してきた。

 カラスだ。

 でっかいカラスが、子猫を狙って空から襲い掛かってきたのだ。

 とんでもないスピードで子猫を足の爪でひっつかむカラス、そしてそのまま空中へ去ろうとする。

 だが俺の反応の方が早かった。

 なにしろ、モンスターがうごめくダンジョン内で三年も探索者として生き抜いてきたのだ。

 ただの鳥類であるカラスの動きなんて、止まっているようなもんだ。

 ヒーラーといっても治癒魔術しか使えないわけではない。

 それなりに修羅場は潜ってきたんだ。

 俺の身体は思考する前に動いていた。

 足元に落ちていた石ころを拾い、そのまま飛んでいこうとするカラスへめがけて投げた。


「グギャアッ」


 カラスはたまらず子猫を離し、一瞬池に落ちそうになるも体勢をたてなおすと向こうの方へと飛んで逃げていった。

 殺さない程度の力で石を投げたので狙い通りだ、無意味な殺生は避けたいからな。

 で。

 問題の子猫なんだけど。

 カラスが子猫を落としたのは池の上だったので、自然、子猫は池の中にボチャン! と落ちることになる。


「にゃぁぁぁぁ! にゃにゃぁぁぁぁ‼」


 じたばたと池の中で暴れる子猫、もしかして泳げないのか?

 あんな小さな子猫ならまだ泳げなくても当然だし、そもそもカラスに捕食されそうになってパニック状態だろうから泳げたとしてもおぼれていただろう。

 バチャバチャと水しぶきをあげて暴れる子猫、俺の身体はまたもや考える前に動いていた。


「おい、今行くからな!」


 俺は迷わずに池の中へと足を踏み入れた。

 池の深さは俺の腰くらい、じゅんさいが自生している池の中をざばざばとすすんでいく。

 じたばたと暴れる子猫を優しく救い上げようとする。

 その瞬間だった。


「うにゃうにゃ! にゃにゃぁっ!」


 暴れ続ける黒い子猫、そして――。


「ギャー!? ゴボゴボあばばぼえーっ」


 ポンッ! と軽い爆発音がしたと思ったら、そこにいたはずの子猫がいなくなっており、そのかわりに。


「あばばば! おぼれる! おぼれるにゃあ!」


 黒髪ショートの少女が池の中でばしゃばしゃともがいていた。

 それも、裸で。

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