パーティ追放されたので自作自演の猫救出動画でバズろうと子猫を池に放り投げたらそいつが自称ダンジョン最強のワーキャット少女だった件。猫吸いすると俺だけが際限なくパワーアップするんだが?

自室キーパー

第1話 追放

「おい三崎、いい加減にしろや、てめえ! ほんと使えねえ奴だなお前は!」


 リーダーの西村が爬虫類のような目つきで俺をにらんだ。

 顔まで爬虫類に似ていて、チロチロと蛇のような舌が唇から出ているんじゃないかと錯覚すらした。

 ここはとある地方都市にある、じゅんさい池公園と呼ばれる公園だ。

 そしてそこに生成されたダンジョン、その出入り口にほど近い駐車場。

 少ない髪を無理やりなでつけて黒光りしている西村の禿げ頭に、夕日が反射してまぶしい。

 その薄い髪のせいか、西村はまだ三十二歳だというのにずいぶんと老け込んで見える。


「な、なんですか……」


 気おされて、ちょっと声が震えてしまう。


「てめえのせいで俺ら全滅するところだったじゃねえかよ、ちゃんと戦えよ!」


 甲高い声で叩きつけるように言い放つ西村。

 俺はなんとか反論する。


「いや、俺はヒーラーですから……」

「ヒーラーだからなんだよ、スペラーの多香子だって前に出て戦ってたぞ? ナイト職のひまりだってそうだ。お前と同じヒーラーの大原だって前に出てた。お前なんか壁の陰に隠れやがってよ……なにやってたんだよコルァッ!」


 それは理不尽な言いがかりだ。

 ヒーラーの役割のうちで最重要なのは『自分が戦闘不能にならないこと』なのだ。

 このパーティのヒーラーは俺とモンク職である大原大二郎の二人。

 だけど、モンク職は前衛も兼ねていて肉弾戦に参加しつつ余裕があれば仲間を癒す職なのだ。

 完全な後衛である回復術師の俺が倒れたら、パーティメンバーの回復役がいなくなる。それに、パーティ全体にバフ魔法をかけるのも重要な職務だ、パーティ全体の底上げをしているのがヒーラーたる俺なのだ。ヒーラーの専門職に対して、隠れるな、前に出て戦えなんて熟練のダンジョン探索者ならだれも言わない。

 そして、西村は熟練のダンジョン探索者のはずだった。

 つまり、これは、……いやがらせだ。


「ああ!? 三崎、てめえがブルブル怖がって隠れている間に女の多香子もひまりも戦っていたんぞ? 恥ずかしくねえのかてめぇはぁ!?」


 このパーティに加入してからずっとこうだ。

 リーダーの西村は俺のなにかが気に入らなかったらしく、ずっとこうやってパワハラを続けてきた。

 ダンジョンの探索者として一攫千金を目指していた俺は、二十歳になって探索者免許を取得した後、この地域でトップクラスの力を持つこのパーティに加入できた。

 その時は別の人がリーダーで、そのリーダーにはかわいがってもらっていた。だけど、その人は実家の親が病気という理由で探索者を引退し、実家のある隣県に引っ越していったのだった。


 それが一年前のことで、地獄はそこから始まった。

 リーダーを引き継いだ西村は、いじめ体質の人間で、だれか一人をターゲットにしてはいじめ抜いていた。

 前の前のターゲットだった人は探索中に行方不明になって今も見つかっていない。前のターゲットだった人は先月辞めてしまった。

 そして、今は俺がターゲットになったのだ。


「てめぇ、くそがっ!」


 西村が俺に向かって唾を吐きかける。

 すんでのところでよけたが、


「なによけてんだガキィッ!」


 西村はさらに激高して俺の足を蹴った。西村は前衛職なのでプレートアーマーの完全装備、金属製の脛あてもしているのでめちゃくちゃ痛い。

 骨が折れたかと思ったくらいだ。

 あまりの痛みに俺はその場にへたり込む。

 ……理不尽だ。

 理不尽すぎる。

 だけど、俺にはこのパーティをやめられない理由があった。

 それは……。


「おい三崎ィ、てめえ自分に彫った術式のローン、払い終わったかぁ?」


 西村の問いに、俺はへたりこんだまま答える。


「……いえ、まだです……」


 前のリーダーだった時に、三百万円の六年ローンで右腕に魔力を増大させる術式のタトゥーを彫ったのだ。これを彫った時はこんなことになるとは思っていなかった。

 ローンはあと四年も残っている。

 探索者には雇用保険もないし、パーティが保証する形で探索者協会に金を借りているのでパーティをやめたら残金を一括で払わなければならない。

 天涯孤独で一人暮らしの俺にそんな金はない。

 重ねて言うけど、ローンを組んだ時にはこんなことになるなんてちっとも思っていなかったんだ。

 だからこんな扱いを受けてもこのパーティをやめるわけにはいかなかった。


「ははは、三崎ィ、ローン払いながら今の給料で暮らせてるかぁ?」


 西村がリーダーになってから給料は減らされ続けて、いまは手取り十三万円。

 築六十年の貸家を借りて一人暮らし中の俺はもう、日々なんとか暮らしていくのがぎりぎりの状態だった。


「くくく、いいこと思いついたぞ……。三崎、お前、もうパーティ抜けちまえ」

「いや、それは……」

「ははは、お前はローン持ちだからなあ、パーティ抜けたら借金一括返済だろぉ? くはは、そうなったらもう死ぬしかねえなあ、おもしれえ、よし、三崎、お前は俺のパーティから追放する!」

「いや、待ってくださいよ、そんな一方的に……」

「ダンジョン特別法で技量の劣った者の命を守るためにパーティリーダーは自由にメンバーを解雇できるんだ、知ってるだろ? だからお前は追放だ!」

「そ、そんな……そしたら俺はこれからどうやって……?」

「はは~ん? どうやってって、そりゃ……死ねばいいんじゃねえかぁ!? ぎゃははははっ!」

「な、なんでそんなひどいことを……」

「なんでってお前、俺の女にRINE送っただろ?」

「え……」

「ほら、これ見てみろ」


 西村がスマホを取り出す。

 そして一本の動画を再生し始めた。

 そこに映っているのは上半身裸の女性。

 というか、パーティメンバーの多香子だ。


「ちょっと、やめてよ、そんな動画ほかの人に見せないで!」


 多香子が声を上げるが、西村は下卑た笑いで、


「いいじゃねえか、お前の動画なんていつもほかの奴に見せまくってるぜ」


 俺の顔面は蒼白になっていただろう。

 だって、画面の中の多香子は恍惚の表情で……男の――というか西村のいかがわしい部分に、ほっぺたをなすりつけてへらへらと笑っている。


「てめぇ、俺の女によぉ、メシ食いに行こうとか誘ってただろ、あほが。百年早いんだよ、このガキがぁっ!」


 多香子もいやそうな顔で、


「こんな奴に可能性感じられてたとか最低なんだけど。私、貧乏人には近寄らないでほしいわ」


 そ、そんな……。

 今のパーティで唯一俺に優しくしてくれてたはずの多香子が、そんな風に思っていたなんて……っていうか西村とそういう関係だったのかよ……。

 俺は目の前が真っ暗になった。


「そういうわけで三崎ぃ、お前はクビだ、俺のパーティから出ていけやっ! そのまま借金かかえて死ね! 使えねえばかりか俺の女に声かけやがってよぉっ! 死ねクソがっ! ペッ‼」


 西村が吐いた唾は今度こそ俺の顔にへばりついた。

 俺は全身から力が抜けて、その場でへたりこんだまま、動けなくなった。


「ぎゃははははっ!」

「きゃはははっ」


 そんな俺をその場において、パーティメンバーは車に乗り込んでいく。

 そんな……。

 借金を二百万円も一括で返済なんて……。

 無理だ……。

 それに最近の生きる希望だった多香子が……。

 あんな……西村のアレを……あんな……。

 ああ……。

 俺はなんでこの世に生まれてきてしまったんだろう……。

 もう死ぬしか……。


 と、そこで俺は向こうでなにかの鳴き声を聞いた。

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