第3話

 鯖江に乱立する超高層ビル群の中心部に、この世界で最も重要な施設……国立メガネ工場がある。潤沢な財政に糸目をつけずに作られた、目がくらむような最先端のハイテク工場だ。

 恐れ多くもるい眼子まなこは、厳重な警備システムの目を盗んでその工場内に侵入していた。



 工場の一角。

 偉大なるメガネと決別し、人目をはばかるような見にくい……いや、醜い裸眼姿となった二人がいる。


「これが、アタシたちの秘密兵器だ」

 そう言って泪が、持ってきたアタッシェケースを開ける。その中に目一杯入っていたのは、桔梗柄の紙で個別包装された大量の菓子だ。

「そ、それはまさか……」

「ああ、信玄餅だ」

 その包み紙を開き、ワイルドに噛み付く泪。それと同時に、その餅菓子を取り囲んでいたキナ粉が周囲に舞う。

「ごほっ! ごほっ!」

 その微粒子を吸い込んだ眼子は、盛大に咳き込んでしまった。


「ごほ、げふ……ふ……ふふふ。メガネレンズや、オートメーションのフレーム製造機みてーな精密機械にとって、こういう細かい粉は大敵だ。信玄餅のキナ粉をばらまいて、この工場ごと台無しにしちまうってわけだぜ!」

 自身も少しキナ粉を喉につまらせつつ、泪は次の包み紙を開く。

「なるほどね。一人じゃとてもこの量を食べ切れないから、協力者が必要だったのね」

 作戦を理解した眼子も、アタッシェケースから次々と信玄餅を取り出して、キナ粉を撒き散らしながら口に放り込んでいく。


 かくして。

 その、世にも恐ろしい計画は実行されてしまった。二人の不徳なメガネ置き場たちによって、メガネ工場は目も当てられないような惨状……キナ粉まみれとなってしまったのだった。



…………………………



「ははっ! ザマーミロだぜ!」

 キナ粉を詰まらせて駄目になった無数の機械たちが、目覚まし時計のようなやかましい異常アラームを鳴り響かせている。

 そんな様子を後目しりめに、目にも止まらない速さで工場内を駆ける泪。その後を、眼子もついてきている。

 持ってきた信玄餅による破壊工作の目処がついて、二人は逃走を開始していたのだ。


「これでもう、この工場じゃあメガネは作れねーだろ⁉ へへ! あとは、今あるメガネを片っ端からぶっ壊してやりゃあ、それで……」

「……」

 自分の目論見が上手くいったことで、そうとう浮かれているようだ。そのせいで、周囲に目を配るのを忘れ、注意力を失っていた。

 だから、目に入らなかったのだ。

 確保していたはずの脱出経路を、室内にもかかわらずサングラスを掛けている無数のエージェント(型のメガネ置き場)たちが、先回りしていたこと。


 そして……。


「オ、オマエ! 裏切りやがったのか⁉」

「……ごめんなさいね」

 眼子が、そのエージェントに自分たちの居場所を教える発信機を、人目に触れないように隠し持っていたことに。



 泪を離れ、エージェントの側に行く眼子。

 両目からコンタクトレンズ・・・・・・・・を外し、セルフレームのメガネを掛ける。

「私……本当は目が悪いの。メガネがないと、何も見えないの。本当は、こっち側の人間なのよ」

「そ、そんな……クソ!」


 想定外の事実を目の当たりにして、悔しそうに目をしばたかせる泪だった。


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