第1話

「……と、いうわけで。フランシスコ・ザビエルによって日本にメガネが伝えられたのが、かつて使用されていた暦で言うところの、天文18年。そこから、現在でも使われている元号の眼鏡がんきょう元年が始まったのです」


 高校の教室。

 分厚い老眼鏡レンズのべっ甲ぶちメガネが掛けられたメガネ置き場――男性老教師が、生徒役のメガネ置き場たちの注目を集めながら、授業をしている。

 生まれながらに愚かで蒙昧もうまいなメガネ置き場たちは、そのままではとても使い物にならない。何もしなければ、そのバカ丸出しの間抜けヅラで、掛けるメガネの価値を下げてしまう。

 そのためこうして教育を施して、メガネに相応しい品格と教養を手に入れる必要があるのだった。


「それでは、今日はここまで。次回はここから二百年後に、一つのメガネを巡って起きた革命……メガネ維新についての授業となります」

「はい! 起立! 礼! ありがとうございました!」

 一糸乱れぬ折り目正しい動きで教師役のメガネ置き場に礼をする、生徒役のメガネ置き場たち。

 礼をした際にうっかりメガネを床に落としてしまおうものなら、その時点で教室内に配備された最新AIによる自動操縦マシンガンによって処刑されてしまうのだが……高校にもなれば、流石にそのような下らないミスを犯すメガネ置き場はいないようだ。



 先程の授業が最後だったので、ここからは放課後ということになる。


「XXさん、図書委員の活動に行きましょうか?」

「う、うん。今日は、私が読みたい本が入荷するはずだから……」

「あ、それって例のSF小説だよね? 僕も読みたいと思っていたんだ」

 真面目な印象の直線ハーフリムに、丸みを帯びた逆台形のガーリーなウェリントン、知的で落ち着いた雰囲気のリムレスメガネの置き場たちが、口々に言う。

「ボ、ボクも……そ、その本……」

 度の強い牛乳瓶の底のようなメガネの置き場が、伏し目がちにボソボソと何かをつぶやく。

「ふん……バカバカしい」

 そんな一同を、フチの細いオーバルフレームのレンズ越しに、無表情な寡黙少女風のメガネ置き場が冷たい視線を向けている。


 それらは全て、彼ら、彼女らがメガネのために作りあげてきたキャラである。

 メガネ中心で、メガネがあらゆることよりも優先するこの世界では、自分の見た目や性格をメガネに合わせて変えることも普通だ。

 特に、メガネといえば真面目、本好き、というイメージが強いようで、多くのメガネ置き場たちは、漫画やアニメでよくあるような「典型的なメガネキャラ」を演じている。この高校の生徒の約三分の二が、図書委員会か文芸部のうちのどちらか、あるいはその両方に所属しているのも、そんな理由からだった。



 そんな中。

 王道メガネキャラたちとは少し違う、図書委員会にも文芸部にも属していない残り三分の一の派閥。その中でも相当なニッチ属性にあたる、「メガネヤンキー少女風」のメガネ置き場……百々目木とどめきるいが、細長スクエアタイプのフレーム越しにギロリと厳しい視線を作っていた。

 その視線の先にあったのは……。


遮木さえきさん! あなた、まだ進路希望調査票を提出してないわよね⁉ クラスで未提出なのは、あなただけよ! 今日こそは、出してもらいますからねっ⁉」

「ええ、もちろん提出させてもらうわ。ほら、ここに…………あら、ごめんなさい。確かに書いたのだけど、家から持ってくるのを忘れちゃったみたい」

「小学生みたいな言い訳しないでよ!」

「まあまあ、そんなに大声を出さないでよ。別に大したことではないでしょう? どうせ、私以外のみんなが出しているのなら、私一人が提出しなくたって……」

「駄目に決まっているでしょう! 進路希望って、そういうものじゃないからね⁉」

 そんなふうに、学級委員長らしき真面目メガネ置き場に白い目を向けられている少女。ロングヘアーに掛かるピンク色のプラスチックフレームのメガネ置き場――遮木さえき眼子まなこだ。

 宝石のように輝く瞳、長いまつげ。そういった目立った見た目以外にも、目を奪われるような不思議な雰囲気がある。ただのメガネ置き場にしては一目置くべき……「見目麗しい」と言っていい容姿だろう。

「はいはい。明日は必ず持ってくるから、ね?」

「か、必ずですからねっ⁉ 今は大目に見てあげるけど、これ以上引き伸ばすようなら……処刑対象だからね⁉」


 委員長メガネ置き場が立ち去ると。

「……はあ」

 眼子は、退屈そうにため息をついた。

 委員長と入れ替わりに、自分の目の前にヤンキー少女風メガネ置き場の泪が立っていたからだ。


「あなたも、私に用があるの? 何かの提出物の回収? それとも、部活に入っていない私をどこかの部に勧誘しにきたのかしら?」

「いいや……そういうわけじゃねーよ」

 泪は、人目を気にするように、周囲を見回す。

 そして、その教室に帰宅部の自分たちしか残っていないこと。今の自分たちの立ち位置が、教室中で目を光らせている無数の監視カメラたちの死角になっていることを確認して……こう続けた。


「アンタ……アタシと一緒に、この世界をぶっ壊さねーか?」

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