メガネを崇拝せよ

紙月三角

目覚め

 これは、そう遠くない未来の物語だ。


 かつては立場や能力や外見、人種や考え方の違いで醜く争っていた人類も、時が経つにつれて成長し、精神的に進化した。下らない差別をやめ、世界は今まで目にしたことのないほどに平和で、平等なものとなった。

 他者同士、あるいは自分自身と他者の間に優劣や差異はなくなり、誰もが一人の人間として、同じ価値を持った存在として生きることが出来るようになったのだ。


 そんな、完璧に理想的な世界において、自己と他、個と個を識別する方法は何であろうか?

 一個人の「個性」とは、何だろうか?


 そう、それはメガネである。


 人が人を差別しなくなった世界には、ルッキズムもヒエラルキーも存在しない。個人の外見や性格では、人は人を評価することができなくなった。そのため人類は、その人物自身ではなく、その人物が掛けているメガネに着目するようになったのだ。


 そうなると当然、メガネを掛けていない人間には存在意義がないので、問答無用で処刑された。全ての人類はメガネを掛けることが大前提となり、そのメガネがいかに美しく、尊い存在であるかを主張することによってのみ、生きる意味を見出すようになった。

 メガネ至上主義。メガネ絶対主義。

 もはや、人間にとっての関心事はメガネのみとなり、メガネを頭の中心に置いて毎日を過ごすようになった。常にメガネのことのみを考え、メガネを追い求める人生を生きるようになったわけだ。

 まさに、人類総「メガネ、メガネ……」時代の到来である。


 メガネ中心で生きる人間には、人権など必要ない。

 ただメガネを掛けるため……いや、メガネを置いてもらうためだけに存在するのだから、感情さえ不要だ。

 もはやそんな矮小わいしょう卑近ひきんな存在には、「人類」などという言葉さえも分不相応だろう。


 で、あるならば。

 ここからは、より相応しい言葉で彼ら彼女ら……そして、お前たちを呼ぶことにしよう。


 卑しい「メガネ置き場」たちよ、メガネにひざまずけ。

 そして、メガネを崇拝せよ。

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