間に合え!我輩!【KAC20241(テーマ:書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』)】

KAC20241

 我輩には三分以内にやらなければならないことがあった。

 データ入稿である。

 入稿締め切りまであと三分。それまでに今日書き上げた原稿を印刷会社に送らねばならぬ。


 元々が原稿を書き上げるには難しい日程ではあった。しかし、我輩であれば書き上げれる時間的猶予はあった。ならば、やるべきは一つ。挑戦である。為せば成る為さねば成らぬ何事も。数日程度の徹夜くらいなんということはないだろう。


 そして始めた執筆は、困難を極めた。構想から始める執筆は、完成までの時間が読めないものだ。書くことが固まってなお、執筆中に構想を書きかえたいという衝動に駆られる。


 着々と減っていく時間に遅々として進まぬ原稿。焦燥に駆られながらも我輩にできることは文章を連ねることのみ。一時はもう無理かと思われた。しかし、我輩はやり遂げた。締め切りまで六時間以上の猶予を残し、原稿を完成させることができたのだ。挑戦は成功した。我輩はしたのだ。


 そして気が抜けてしまったのだろう。ひと眠りしてから入稿しようと布団に入ったのがいけなかった。ひと眠りのつもりだったのが思いのほか疲れていたようで、再び目覚めたときには既に締め切り五分前となっていた。時計を三回ほど見直したが何度見ても五分前であったし、時計が壊れていることを考えて他の部屋の時計を見に行ったが、その時計は四分前だった。時計を確認している間に貴重な一分を無駄にしてしまっていた。


 これはもう観念して諦めようという考えが頭をよぎった。

 だが、何もせずして時間がたつのを待つのは性にあわぬ。


 画面の暗いパソコンの前に座りエンターキーを押す。しかしパソコンの画面は依然として暗いままだ。寝ている間に充電がなくなってしまっていたのだろう。なんということか。頭を抱える。この文明の利器のなんと脆弱なことか。たかだか十時間程度で充電がなくなるとは。


 これが紙の原稿であれば――いや、郵送で送る必要がある以上、日程はもっと厳しいものとなり、そもそも執筆などしなかった。我輩、少々無謀なところはあるが、明白に不可能なことはせぬ。このパソコンさえなければ我輩がここまで追い詰められることはなかったのだ。このパソコンさえなければ!


 時計を見る。残り三分。とかく充電ケーブルをつなぎ、電源ボタンを押す。果たして、パソコンはすぐに立ち上がった。ブラウザが復元され、入稿までボタン一つ押すだけとなっている画面が現れた。ああ、思い出した。我輩、睡魔の中で入稿作業をおおかた終わらせたのだ。ひと眠りののち、眠気のない頭で確認し、入稿ボタンを押す腹づもりであったのだ。


 パソコンの起動の速さ、バックアップ機能、ネットのすみやかな接続により、この原稿は成るのだ。我輩だけの力ではない。文明の利器を作り、環境を整える者たちがいたからこそ、今日の入稿が実現したのだ。


 残り一分。我輩は、一度でも心の中で文明の利器を罵った過ちを認め、入稿ボタンを押した―――。






 目を開けると寝室の天井が見えた。徐々に意識が覚醒する。今何時だ。時計を見ると入稿締め切りの五分前を指している。そうだ、入稿作業はどうしたか。急ぎ起き上がりパソコンを見ると、暗い画面に我輩が写っていた。

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間に合え!我輩!【KAC20241(テーマ:書き出しが『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』)】 @ei_umise

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