今日も藤巻刑事は新人を育てる

久坂裕介

出題編

 藤巻ふじまき刑事けいじには三分以内にやらなければならないことがあった。それは新人刑事の奥野おくのに、この事件の全体像ぜんたいぞう推理すいりしてもらうことだ。


 事件の捜査そうさは、時間との戦いである。事件の全体像を推理して犯人がいる場合は、すぐに捜査を始める必要がある。いわゆる初動しょどうが大事、というやつである。そのため事件の全体像を推理する時間は三分以内だと、藤巻刑事は先輩刑事から教わった。藤巻刑事はそれを今でも、守っている。


 藤巻刑事は白手袋しろてぶくろを両手にはめると、ホテルの一室いっしつに入った。ここはスイーツが有名なホテルで甘いものも好きな藤巻刑事は以前、きたことがあった。


 部屋の中ではすでに鑑識官かんしきかんが、指紋しもんなどを採取さいしゅしていた。その指揮しきっている郡司ぐんじに、藤巻刑事は声をかけた。

「やあ、ぐんさん。相変あいかわらず初動が、早いですね」


 仕事もできて部下の面倒見めんどうみもいいベテラン鑑識官の郡司は、親しみを込めて皆から『郡さん』と呼ばれていた。だが本人は、気に入ってないようだが。

「だからちゃんと、『郡司さん』と呼べといつも言ってるだろうが! お前が『郡さん』とか適当てきとうに呼んでるのを、皆がマネするんだ!」


 すると藤巻刑事は、真剣な表情で答えた。

「分かりました、郡さん!」


 当然、郡司はしぶい表情になった。

「ちっ、全然、分かってないな、こいつ……」


 しかし藤巻刑事が事件の話を聞くと、表情が変わった。

「ところで、死因しいんは何ですか?」

「うむ。首をひも状のモノでめられた、窒息死ちっそくしだ。見てみろ」


 藤巻刑事はまず、死体を観察した。女性が、うつぶせに倒れている。髪は腰までの長さでところどころ、うねっている。服装はワンピースだが、腰に幅が五センチほどのベルトをいている。


 更に、首を見てみた。確かに、首の前部ぜんぶに幅が三センチほどのあとがあった。そして顔を見てみると、二十代の女性のようだ。すると郡司は、この部屋で見つけたモノを藤巻刑事に見せた。サバイバルナイフと、『青酸せいさんカリ』と書かれた小瓶こびんと、直径二センチほどのロープだ。


 なるほど、とうなづいた藤巻刑事は奥野に聞いてみた。

「さて、奥野君。この殺人事件の凶器きょうきは、何だと思いますか?」


 新人を育てるには間違ってもいいから、まずは自分に考えさせる必要がある。奥野は腕組うでぐみをして考え込んだが、分からなかった。

「えーと、すみません。分かりません……」


 仕方がないので藤巻刑事は、死体を指差ゆびさしてヒントを出した。

「凶器なら、ほら。そこにありますよ」

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