普通の消しゴムの話
千才生人
普通の消しゴムの話
トットットと鉛筆の音が空っぽの教室で鳴り響く。
原稿用紙とにらめっこしている僕は今、反省文を書かされている。きちんと書かないと先生に怒られるため僕が犯したことを文字にする。しかし、僕が犯した罪というのがなかなか文字にできない。なにせ、思い出せないからである。
その半分はどうにか書けたが、なかなかどうして、思い出そうとすると喉まで登りついて吐けるのに胃に戻ってしまう。
「暇だな」
そう呟いても反応してくれる者はいない。
異常に静かな放課後の教室は、落ち着くようで落ち着かない。
僕は鞄からスマホとイヤホンを取り出し、好きな音楽を聴くことにした。
お、いい曲が流れ始めた。僕が一番好きな曲だ。活気な曲調だけれど、歌詞が切なくて、そのギャップが良くて好きだ。
そうして僕は、踊り始めた――――駄目だ! 音楽を聴くのはやめよう。
予想はしていたけれど、より書けなくなった。
僕はスマホとイヤホンをしまった。
さて、反省文に取り掛かろう。とはいえ、何も書けない。
またも暇になった。思い出そうとしても思い出せないし、何かをすると夢中になる。救いようがない。
あぁ、誰か来てくれないかな。
そうして僕は、机の上にあった消しゴムで遊び始めた。
机の上にあった文具とともに、ジャグリングをした。消しゴムを左手へ、鉛筆を右手へ、黒ペンを左手へと。初めてやったものの、なかなかどうして、上手い。
僕の席が窓際にあるため、気をつけなければならない。窓は左にある。ミスをすれば落ちてしまう。
黒ペンを左手へ、鉛筆を右手へ、消しゴムを左手へと横に投げたが、慣れた感覚で誤って消しゴムを窓から落としてしまった。
同時に、ジャグリングを突然やめたもので、宙に浮いた文具が綺麗に机に落ちた。
「あぁ、落としちゃった。下に人がいなくてよかった」
下に人がいないことに安堵し、後で取りに行こうと決め、再び反省文とにらめっこを始めた。
突然、僕が反省すべきことを思い出して原稿用紙に書き込んだ。誤字があったので予備の消しゴムを筆箱から取り出した。
消しゴムで文字を消していくと、外から声が聞こえてきた。
「おい! おい! 聞こえてるか! 俺を落としやがって。俺の体が傷だらけじゃないか。今から殺してやるから、そこでじっとしてろ」
随分と物騒な言葉を仰ると思った僕は外を確認するが、そこにはそれっぽい人がいなかった。
静かすぎて、暇すぎて、幻聴が聞こえてきたのかもしれない。それを気にせず、反省文に取り掛かった。
コツコツと廊下から誰かの足音が響く。どうせ生徒か先生だろうと気にしなかった。
ガラガラ、教室の扉が開かれた。
誰だと気になった僕は、少しそこに視線をやる。
少し視線をやったはずが、僕の顔もそこに向いていた。ただのクラスメート、先生だったらそっと視線を向いて逸らすが、それができないくらいにものすごい、否、すごいでは表現ができない者、否、物がそこに立ち止まっていた。
「なっ・・・」
そこには、先ほど落とした等身大の消しゴムが手足もないのに包丁を持って立っていたのだ。
「んっ・・・」
『MOMO』と書いてあるカバーは所々破りかけていて、カバーから出っ張った部分は使いすぎて所々欠けている。
僕の消しゴムそのものだ。
「だっ・・・」
なぜ僕が落とした消しゴムが等身大になって自我を持ったのか。
なぜそれには手足がないのにあんな足音が響いて、しかも包丁を持っている。
というか、どこから包丁を持ってきたのか。
そんなことを気にする場合じゃない。消しゴムからものすごい殺気を感じられるからだ。逃げようにも、あまりの驚きで体が動かない。どうしたものか。
消しゴムは、こっちを向いた。
「殺す」
「・・・っ?!」
いきなり包丁を投げ出した。運がよかったのか、しゃがんだおかげで避けられた。数秒反応が遅かったら僕の頭に刺さったのかもしれない。包丁は勢いよく窓の外へ旅立った。
その後、素早く逃げようとすると、数本の包丁が僕を追うように投げられ壁に刺さる。
教室から出ることができた。この大惨事を知らせるためスタコラサッサと職員室へ直行する。
職員室に着き、荒く扉を開けた。
殺人鬼に追われているかの如く、ハァハァと荒い息を吐いて、汗を大量に出している生徒を見て、当然困惑している。
僕は、ありのままのことを伝えた。
「消しゴムが殺しに来てます!!」
職員室一同、困惑。
当然だ。いきなり生徒が「文具が殺しに来ている」と報告したら、こいつは不思議の国から来たのかと困惑するだろう。
僕は職員室に入り、少し落ち着いてから繰り返し伝える。
「消しゴムが殺しに来ています!!」
すると、職員の1人が僕の前まで来て口を出した。
「君、私達をからかっているのかね」
「いや、本当なんです・・・・っ?!」
職員室に消しゴムがいつの間にか入ってきた。包丁を投げると、目の前にいた職員に刺さった。
先ほど仕事をしていた職員たちが手を止めた。瞬間、職員室は悲鳴の祭りへと変わった。
「もしもし――――」
警察に電話しようとした職員があっさり殺されてしまった。
職員室に助けを求めようとしても無駄だとわかった。僕は職員室を出た。
どう逃げても、追いかけてくる。
どこにいても、追いかけてくる。
僕はどうして自分の教室に戻ったのだろうか。
逃げ場がなくなった。左右の扉が机で閉ざされて出れない。窓から出ようとしても、ここは三階。落ちたら、命がないだろう。もっとも、どうしたって命がない。
僕は、窓から突き落とされた――――――。
普通の消しゴムの話 千才生人 @sanmojiijyou
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