メイドになった伯爵令息

嵐山之鬼子(KCA)

01

 さて、皆さま。我が国──ジェスターガル王国に於いては、貴族と呼ばれる方々は、5つの爵位で区分けされてます。

 公爵、侯爵、伯爵が「上位貴族」、子爵と男爵が「下位貴族」ですね。

 その他に準男爵と騎士爵の方々も、「準貴族」と呼ばれることもあるのですが、話が複雑になるので今は割愛させていただきます。


 そして、上位貴族のなかでも一番下に位置する「伯爵」の方々ですが、その内実は、非常にバラエティに富んでいます。

 広大な領地を持ち、侯爵にも比肩しうる財力や権力を誇る方もいれば、伯爵とは名ばかりの法衣貴族(要は王宮直属役人ですね)で、下手な領主系男爵の方よりも(下世話な話ですが)懐が寂しい方もいらっしゃるようです。


 幸か不幸か、わたくしがお仕えしているスルヴァーナ伯爵家も、法衣、それもどちらかと言えばあまり裕福ではない層に属しておられます。


 以前、チラリと耳にした限りでは、旦那様──スルヴァーナ伯爵が王宮から支給されている年俸は、爵位金に役職手当を加えても、金貨170枚。

 平民であれば、金貨1枚あれば一家4人がおおよそふた月ほどは楽に暮らしていける計算なのですが……。


 20人近い使用人を雇い、かつ貴族としての体面を保つため、それなりの生活水準を維持する必要があるため、決して余裕があるわけではないようです。

 だからでしょうか、伯爵ご夫妻が「あのような仕打ち」を為されたのは……。


 「ハンナ~、こっちの棚は片付いたけど、そっちはどう?」


 おっと、メイド仲間のローザさんが尋ねてこられました。


 「此方も、もう少しで終わらせられると思います」


 このお屋敷で働き始めて数ヵ月。まだこの仕事に慣れていないため、わたくしの手際はあまり良いとは言えません。


 「じゃあ、あたしも手伝うから、ちゃっちゃとやっちゃおう! これが終わったら、厨房でお昼が食べられるしね♪」


 そんなわたくしを、3歳年上の先輩であるローザさんは、優しく助けてくださいます。


 「すみません、ありがとうございます」

 「気にしない気にしない。こういうのはお互い様だし、あたしだって新人の頃は先輩方に、いっぱい助けてもらったしね」


 そう言ってローザさんは屈託なく笑います。


 「むしろ、ハンナは偉いよ。あたしが初めて働き出した15歳の頃は、掃除も裁縫も素人そのものだったし。まだ14歳なのにハンナは一通りこなせるんだから」


 ローザさんは、そう言って褒めてくださいますが、実は年齢を誤魔化している(本当は先日13歳になったばかりです)わたくしは、ちょっとだけ申し訳ない気分になりました。


 (それに……ごめんなさい、本当は嘘ついてるのは、年齢だけじゃないんです)


 伯爵家次男付きメイドのハンナだと、お屋敷の方たち──同僚の使用人は元より、執事やメイド長、さらには旦那様や奥様にも“そう”認識されているわたくしですが、本当は違います。


 わたくしの──私の本当の名前は、ヨハンネス・アデル・スルヴァーナ。「お仕えしている」はずのその伯爵家の第二子息本人なのですから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る