【KAC20241+】Forget me not
青月クロエ
第1話
鳴り渡る警告の鐘の音に、逃げ惑う群衆の悲鳴、慟哭、怒号が重なり合う。土埃が逆巻き、民家は破壊され、火の手が上がる。
見上げんばかりの高い城壁に囲まれた街の中、狂ったように猛進する彼らの後には、瓦礫と炎が拡がっていく。
ほんの数時間前までこの街はいつもどおり、平穏だった。
城門を監視する衛兵が、すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れを遠目に発見するまでは。
急ぎ門扉を閉ざしたのに、有り得ない数の大群、怒濤の勢いによって頑強な扉はあえなく破壊され、街は蹂躙されていく。なぜ、この国……、リントヴルムには生息しない筈のバッファローが、と疑問が過ぎるが、考えている余裕も暇もない。人々を守ることこそ最優先事項。見張り塔でディルクは、警告の鐘を延々と打ち鳴らし続ける。
「地上は危険だ!城壁へ避難しろ!」
鐘の音に負けじと、声の限りに群衆へと叫ぶ。
鐘を打つ腕が痛くなろうと、喉が潰れようと。
最後の一人が城壁へ避難するのを見届けるまでは、絶対にこの役目を放棄しない。
飛んでくる火の粉が、中途半端に伸びた茶色い髪を、無精ひげを焦がす。
舞い上がる粉塵が髪と同じ色の目に入り、涙が滲む。それでもディルクは動きも声も止めない。
しかめ面で瞬かせた目の端で、眼下で転倒した幼い子を助け起こそうとする母の姿を捉える。嫌な予感と同時に、母子へ向かって荒れ狂った一頭が躍り出る。一段と高い悲鳴が上がった直後、城壁の一角から銃弾が飛ぶ。
猟銃を扱える者たちを、一足先に城壁や見張り塔に配置しておいて正解だった、と心底安堵……、したのも束の間。バッファローの姿形は一瞬で薄緑色の光に包まれ、消失していく。
一体何が起きたのか。
理解が追いつかない頭を無理矢理働かせ、母子の無事を再び視界の端で確認。
とにかく城壁へ!と声が裏返るのもかまわず、ディルクは更に声を張り上げ──、ようとして、絶句する。
街の至る所で暴虐の限りを尽くすバッファローが、先程と同じく一瞬で姿を消してしまったのだ。
見間違いかと、ディルクは思わず目をこする。バッファローたちに追われていた民衆も、訳が分からず呆然としている。
「これは、魔法……、か?」
魔法大国のリントヴルムには数多の魔女、魔法使いが存在し、国家全体で保護・育成を推奨している。一方で異能への差別や偏見、畏怖によって魔女への私刑をひそかに行う者たちもいた。ディルクの生まれ育ったこの街でも、魔女の疑いを持たれたら、有無を言わさず裁判に掛けられる。裁判に掛けられたら最後、
だから、この街には魔女も魔法使いもいない。ただの一人も──、否、一人だけ、たった一人だけ、助かった者がいた。
「まさか」
「やっと思い出したの」
振り返ったディルクの手から金槌が滑り落ちていく。
よろめいた弾みで冷たい石床に尻もちをつく。
懐かしい声が聞こえた方へ、全身を震わせ、おそるおそる見上げる。
視線の先、蒼穹に浮かぶ影を一目見るなり、ディルクの顔から血の気が引いていった。
※あと、一話か二話続きます。
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