蝋燭の炎が揺れる

翠雨

第1話

 宇津木 咲花はなには三分以内にやらなければならないことがあった。

 蝋燭に火をつけて、燃えている3分以内に、徐霊をすること。それが咲花のアルバイトだ。


 どこの業界も後継者不足。そんな内容の報道を目にする昨今。徐霊業界にも、後継者不足の波は訪れていたようで、徐霊師の血を引いていることも知らなかった咲花に、声がかかったのは半年前のこと。霊など見えたこともないのに、怪しげな集団の、圧の強い勧誘に、危ないと思いながら頷いてしまったのも、その頃だ。


 山の麓にある公園は、手入れができていないのだろう。うっそうと草が生え、植木は枝が折れてぶら下がっていた。街灯が一つもついていない暗い公園内は、ザワザワという音が迫って来るようで気味悪い。

 一歩入るごとに気温が下がっていく。鳥肌が立ち、両腕を擦る。


 ライターを手にした咲花は、ランタンの中に立てた蝋燭に火をつけた。


 特別製の蝋燭だ。


 暖かみのある炎が周辺を照らす。その光に、見えざるものが浮かび上がってくる。咲花が歩を進めると、慌てて逃げて行く狸の霊。


 この半年間、徐霊に必要なものの作り方を教わった。ちゃんと教わっている間も時給でアルバイト代が払われていたから、怪しさは減っていたのだが、実地訓練に出るまで、本当にこの蝋燭で霊が見えるようになるなど、到底信じられなかった。


「やっぱり、見えるか……」


 訓練のときに霊が見えたのは、咲花の研修を担当した、おじいちゃん徐霊師の能力ではないかと、疑っていたのだ。


 霊を見る能力のない咲花が、どうやって徐霊するのか?


 徐霊師一族の末席として、その血に薄く流れている霊を沈める力を、徐霊師に必要なくらいに濃縮して、蝋燭やお札を作る。濃縮するのだって、容易なことではなく、この蝋燭だって、丸一日かかっている。


 作るのに丸一日かかって、効果は三分。


 咲花は、背筋が凍えるような霊の気配の方向に、ズンズンと向かっていった。


「あなたね。成仏してくんない?」

 3分以内に何とかできなければ、蝋燭を作るところからやり直し。そんな面倒なことはしたくない。その思いが、咲花の恐怖を吹き飛ばす。


「ふ~ん。思ったより、ず~っと若いね」

 そう言う、霊の声も若い。


「あなたも若そうだけど」

 気になって、目をこらす。

 柔らかそうにウェーブのかかった髪の毛を後ろに流して、片側を耳にかけている。パッチリとした瞳と、通った鼻筋。クラスにいれば、イケメンと騒がれそうな顔立ちだ。服装も、ワイシャツにパンツという、いつの時代でも通用しそうな出で立ち。


 ・・・・!!!


「足、……がある…」


 呪縛霊や浮遊霊など、普通は足などなく浮いているように見える。足があるのは、霊としても強いもの。非常に大きな恨みや怒り、悲しみを胸に抱えて死んだものの霊だ。


 近くにある木に寄りかかるようにして、

「あ~、驚かせちゃった? 俺って、やっぱりすごい?」

と、軽い声を出す。

「俺、なんか呪術系の家系だったみたいでさぁ~。別に悪さをするつもりは、ないんだけどね~」


「悪さをするつもりがないのは、わかりました。でも、あなたがここにいると困るんです。成仏してください」

 お札を手に持つ。


 この霊がいるせいで、立ち入ろうとした人が、怪我をしたり病気になったり、子供に人気だった公園の手入れが、できなくなってしまったのだ。


「やだなぁ~。成仏するなんて、面白くないじゃん」

「じゃあ、ここから、移動してください。さもないと……」


 成仏させるしかない。


 でも、強い霊を、徐霊の力のほとんどない咲花のお札で、成仏させることができるのだろうか……?


「やだなぁ~。怖い顔して~。可愛い顔が台無しじゃん」


 咲花は、恐ろしいのだ。お札で徐霊できなかった場合、今は明るい雰囲気で話しているこの霊が、怒り狂って呪いを撒き散らすかもしれない。


「移動かぁ~。それなら、いいよ」

 拍子抜けするくらい、簡単に頷いた。


「じゃあ、もっと山奥に行ってください」

「それは嫌だよ」

「じゃあ、あまり人のいないところに」

「それも、面白くないじゃん」

「人の多いところにいられると、困るんです」


「それは、今まで暇すぎて、色々悪戯したからだろ? 悪戯はしないよ」

「信頼できません!」

「じゃあ、見張っていればいいだろ?」

 そういうと、ニヤリと意地悪そうに笑う。急に突風が吹いて、ランタンの扉が開き、残りわずかだった蝋燭を吹き消した。




 その後、麓の公園には無事に業者が入り、草刈りと植木の選定が終わった。いまは、子供達の走り回る声が響いているという。


「あれ? 咲花、夏休みの間に雰囲気変わった?」

 新学期、親友の第一声にドキッとする。親友といえども、話せないことが多すぎる。


「……今日は、スッゴい肩が重い……」

 不機嫌な咲花の声に、肩にかかった重みが少しだけ、軽くなる。

「えぇ~、肩凝り??」

「まぁ、そんなところ~」

 もちろん、そんなわけない。


 公園でのバイトのあと、実地訓練をしてくれたおじいちゃんを訪ねた。咲花の力では徐霊できそうもない強い霊だったと報告するためだ。あわよくば、バイト代は破格に高いが、怪しげなこのバイトもやめてやろうと思っていた。


「咲花さんは、いつから背後霊をつれているんだい?」


 慌てて予備の蝋燭に火をつけると、あの公園にいた男の霊がいるではないか。

「なんで??」

「え? だって、場所を移動しろって言ったじゃん」

「だから、人の少ないところに!」

「面白くないよ~。人のいるところがいいじゃん。でも、信頼できないっていうから、見張っていてもらおうと思ってさぁ。そんなに力もないのに、この仕事してんだろ? 役に立つから、よろしくね」

「え??」


 おじいちゃん徐霊師に、何とかしてもらおうとしたものの、負の感情がないのに存在してしまっている霊は、徐霊ではどうにもならないらしい。

「彼の気が済むまで、咲花さんが面倒を見るしかない」

と言われ、がっくりと肩を落としたまま帰ってきた。


 バイトは成功ということで、大学生には目が飛び出るほどの報酬を渡された。



「気を付けた方がいいよ~。肩凝りだって、酷くなれば病院、行かないとならないんだから~」

「病院……では、直らないだろうな……」

「ぇえ!! そんなに悪いの??」

「あぁ、そういう意味じゃない!!」

「じゃあ、どういうこと??」

「え~っと、寝違えたっていうか、たぶん、今晩、寝れば直るから!」

 男の霊に、肩に腕を回すなと言わなければならない。


 たまに夢に現れる、名前も教えてもらっていない霊との生活は、まだ始まったばかり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

蝋燭の炎が揺れる 翠雨 @suiu11

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説