ぼくのカウンターがゼロに設定された 奇妙な料理店編

つばきとよたろう

第1話

 ぼくたちがたまたま訪れた、しなびた料理店には三分以内にやらなければならないことがあった。ぼく、ゼロを示す令と、ハジメのクラス(ぼくらは普通の高校の中にある、魔法を教える特別なクラスの高校生だ)の先輩の三郎丸、二葉と静の四人は敵の追ってから逃れるため路地にあるこの料理店に入った。敵の魔法使いは姿を見せない。が、確実にぼくらを攻撃してきた。その攻撃の方法は、とても理解できなかった。これでは打つ手がなかった。それでぼくたちは、仕方なく逃走を図った。敵の攻撃は、おそらく神殺しだろう。神殺しは神クラスと呼ばれる、魔力から生まれた恐ろしく強い怪物を倒した時に得られる特殊な魔法だ。とてもユニークでその使い方は非常に難しい。が、使いこなせれば、強力な魔法となる。ぼくらは誰もいない料理店の見渡しの良い席に陣取った。ここなら誰か入ってきてもすぐに見つけることができる。

「他に客はいないな」

 三郎丸はこの店の雰囲気には似つかわしい、いつもの緑のジャージを着ていた。着こなしていると言っていい。それは三郎丸の魔法は、攻撃力が強すぎて着ている服まで破いてしまう。だから絶対に破れないその緑のジャージしか着るとことができないのだ。いつかその大切なジャージをなくした時に、裸で魔法の訓練をして二葉に怒られていた。緑のジャージは三郎丸のトレードマークだ。でも二葉に言わせれば、ダサすぎる格好だから街中で一緒に歩くのは恥ずかしいからやめて欲しいらしい。ぼくはよく似合っていると思うけど、自分が着ようとは思わない。やっぱり三郎丸だから似合うのだ。

「ちょうどいいわよ」

 二葉がつんとした顔で椅子を引いて座った。静はその隣に落ち着いた。二葉は三郎丸と正反対に服を何枚も身に着けている。それを自由に着せ替えることできる。勿論その服には魔法の呪いが掛かっていて、様々な効果を有している。戦闘に特化した服や分身のように扱える服など強力な物ばかりだ。その所為で二葉には恐ろしい呪いが掛かっているという。

「注文を取りましょ」

「暢気に食事なんかしていていいの?」

 ぼくは二葉の向かいに最後に席を取った。そこしか席は残っていなかった。しかし何だかおかしな雰囲気の店だということは、すぐ入って感じていた。テーブルは十脚ほどで、清潔な白のテーブルクロスが掛けられていた。建物が古く壁は灰色にくすんでいた。それに至る所が鏡張りだった。ぼくたちの姿が映っていて、はっとさせられた。天井にはランプに似た電灯が飾られていて、夕方のような明かりを点していた。料理はその明かりに照らされ、美味しく見えるのだろう。真ん中の壁には、アンティークの柱時計が設置されていた。それは西洋の歴史ある館を感じさせた。ぼくは、どうもその柱時計が災いの元凶な気がした。ぼくの左腕が疼いた。そこには化け物の目が巣くっていた。これは伝説の魔法使い零の呪いを受けてできたものだ。朝倉という男に騙され、危うく命を落とすところだった。運が良かったのだ。でもそのお陰でぼくには零の力が宿った。とても強力な力だ。

「料理店に来たんだ。何か注文しないとまずいだろ」

「でも店の人も見えないよ」

 厨房を覗いたが、ウェートレスもコックも見えなかった。ただコンロに大きな鍋がぐつぐつと音を立てて掛けられてあった。お店の人はどこに行ったのだろう。するとテーブルの上にメニューと水の入ったグラスが置かれていた。いつ置いたのか、誰が置いたのか分からなかった。三郎丸と二葉はその事を全然気にしていなかった。静は不思議そうに微笑して、ぼくを見た。静はぼくたちのクラスで一番大人しい性格をしている。偵察が彼女の役目だ。だから誰にも気づかれてはいけない。隠密な行動は彼女の名前に表れている。ぼくらの名前には数字が入っている。これはハジメにもらった大切な名前だからだ。前の本当の名前は忘れてしまった。思い出そうとしても無駄だった。ハジメはぼくらのクラスの先生だった。先生なのに容姿は、少年の姿をしている。これはぼくらとの契約による代償か、それとも呪いなのかぼくには分らなかった。

「何にしようかな。ハンバーグか、ステーキね」

「そんなにお腹が減っているの?」

「折角こういう店に来たんだから、ちゃんとした物を頼みたいでしょ」

 二葉は薄いメニューを開いて、子供の頃のアルバムでも眺めるみたいにそこへ目を落とした。三郎丸も本気でメニューを見ているが、眉間に皺が寄っている。静もそれに従った。ぼくだけが心配して扉が開いて誰か入ってこないか、厨房からお店の人が現れないか始終見張っていた。

「令、注文はもう決まったの?」

 二葉はまだ二つの選択で迷っている。

「えっ、まだだけど」

 ぼくは二葉に促されて、ようやくメニューに目を通した。手書きのメニューには洋食が並んでいる。日本語で良かった。英語やフランス語で書かれていたら手に負えなかった。そういう雰囲気がこの店にはあった。二葉の言うハンバーグに、ステーキ、エビフライ、ミックスフライ、ビーフシチュー、スパゲティー。洋食は、何でも揃っていた。ぼくはあまり無駄遣いできないから、オムライスに決めた。価格も手頃だったし、すぐに出来て食べられる。

「おい、ハンバーグとハンバーガーて似てるけど全然別物だよな」

「三郎丸。あんた、こんな店に来てわざわざハンバーガー頼む気なの? 止めてよね。恥ずかしい」

「いや、だたそう思っただけだ。それに俺はハンバーガーよりアンパンの方が好きだかな」

 三郎丸は失敗した時のように頭の後ろを掻いて、メニューに目を戻した。アンパンはメニューには載っていなかった。三郎丸の昼はいつもアンパンと牛乳に決まっていた。余ほどそれが好きなのだろう。毎日同じだった。みんな真剣に決めている。ぼくだけ適当に決めて不甲斐ない気がした。でも一度決めたのだから、考え直すのは止めにした。そうすると迷ってしまうからだ。

「いいわ、決まったわ」

「何にするの?」

「ハンバーグよ。あんたは?」

「ぼくオムライス」

「お子様ね。三郎丸は?」

 二葉は、ぼくを軽くたしなめた。

「俺はナポリタンだな」

「あんた、もっといいもの頼みなさいよ」

「金もないし、これでいいんだ」

「静は?」

「私、ビーフシチューにする」

「それもいいわね」

 二葉はまた悩みだした。が、結局ハンバーグにした。二葉がナイフとフォークで、ハンバーグを食べているところを想像するのは愉快だった。

「済みません。ハンバーグにナポリタン、ビーフシチューと、オムライス下さい」

 二葉の張りのある凛とした声が、静かな店内に響いた。すると永い眠りから覚めたように柱時計が、ぼんぼんぼんと三度鳴った。ぼくはびっくりして辺りを見回した。少しビビり過ぎだと思ったが、戦闘経験の浅いぼくには仕方がないことだった。敵がどこに潜んでいるのかも分からない。時計の音一つ取っても不思議なことが起こる世界にぼくらはいる。少し前までぼくはその事に気づかなかった。ぼくは前にいたクラスを落ちこぼれて追い出され、尖塔の教室に行くことになった。そこは魔法を教える不思議なクラスだった。尖塔の教室に着いた時、そこには誰もいなかった。ぼくは一瞬後悔した。誰もいない教室に追いやられたのだと思ったからだ。でもそうではなかった。そこにいた生徒は、みんな姿を消していた。姿を隠す魔法だった。

「誰も出てこないけど。大丈夫かな」

「時計が鳴ったから大丈夫でしょ」

「えっ、あの時計が関係あるの?」

 心配するぼくをよそに、二葉はさあねといつもと変わらない態度だった。

「メニューと水は出てきただろ」

 三郎丸も腕組みして平気な顔をしている。二人の実力はクラスの中でも飛び抜けている。神クラスの怪物だって簡単に倒してしまう。神クラス退治に行った時も、ぼくは左腕の零の力を借りて何とか戦うことができた。この力もまだ上手く使えているとは言えない。敵の魔法使いは強敵揃いだ。もっと強くならなければいけない。

 しばらく待っていると、いい匂いがするのに気づいた。テーブルの上にはハンバーグ、ナポリタン、ビーフシチュー、オムライスが並んでいた。しかし、いつ運ばれてきたのか、誰が運んできたのか分からなかった。

「ねえ、料理が出てくるとこ見た?」

「いいや」

 三郎丸は顎に手を当て考えたが、何も思い付かなかったようだ。それどころか、もうフォークを持ってナポリタンを食べようとしている。

「食べても大丈夫なの?」

 ぼくは心配だった。

「毒は入ってないみたいだけど」

 静がぼそりと言った。静は食べ物に体に害になる物が入っていないか探知できる魔法が使えるようだ。

「だったから大丈夫じゃないのか」

「ちょっと待って、これ何かしら?」

 ほら来た。そう来なくっちゃ。二葉がテーブルに置かれた名刺大の紙を手に取った。それを繁々と眺めてみんなに見せる。それは何の変哲もない白い紙で、こんなメッセージが書かれていた。

 料理が冷めないうちに、三分以内に召し上がり下さい。

「初めの文は分かるけど、後の文はどういうことかしら」

「この料理普通じゃないってことだろう」

 三郎丸は白い紙の文字に、胡散臭そうに目を細めた。やれやれまた面倒に巻き込まれたという顔をしている。

「食べなきゃいいだよ」

「もう注文したからな。それに三分以内に食べろって言っているだろ」

「そうね。食べるしかないわね。急いで食べれば、三分ならいけそうじゃない」

「食べていいのかな。食べることが罠じゃない」

 ぼくは考えを巡らせる二人に尋ねた。

「いや、もう敵の罠に掛かっているのかもしれないな」

「注文したのがまずかったの?」

「そういう事だ。やってしまったものは仕方ない。時間が惜しい。兎に角急いで食べ始めよう」

 三郎丸が冷静に答えた。ぼくは急に食欲がなくなった。突然に起こった緊張で、胃の辺りがきゅーと締め付けられる感じがした。腹に溜まるオムライスにしなければ良かったと後悔した。

「でも料理がどうやって運ばれてきたのかも分からないのに」

「いや、それは大体分かっている」

「そうなの」

 二葉も三郎丸と意見が同じようだった。静は、ぼくに首を振った。

「ただ俺の考えが正しいとなると、かなり厄介な状況に陥ったことになる」

 三郎丸は雨に降られたみたいな厳しい表情を浮かべた。三郎丸が困るくらいだから、相当に厄介な状況のようだ。ぼく一人ならとても解決できなかっただろう。店の中は妙に静まり返っていた。

「どういう事?」

「こんな事できるのは、神殺しの魔法くらいだからな」

「えっ、敵に攻撃されているの?」

「時間がない。食べながら説明しよう。兎に角食うんだ。三分しか時間がない」

 三郎丸はフォークを手に、ナポリタンをくるくる巻いて口に運び始めた。こんな状況でなければ美味しそうな料理なのだが。それはぼくのオムライスにも言える。二葉のハンバーグ、静のビーフシチューも同様だ。ぼくは目の前のオムライスを見詰めた。硬めに焼かれた薄焼き卵にケチャップソースが掛けられていた。ぼくは震える手を制して、スプーンを取った。オムライスの端から崩して口に運んだ。唇も少し振動していた。ぼくは予測不能な恐怖を感じながら、オムライスを食べていた。ちっとも味が分からない。顎を頻りに動かして噛み終わると、口の中の物をゆっくり吞み込んだ。不安が喉を伝わって胃袋に流されていく。テーブルの上を見て、この作業を続けるしかないと悟った。しばらく食べ続け、自然と無言になった。ぼくは皿の上のオムライスを見て、ある異変に気付いた。薄々可笑しいと気づいていたのかもしれない。それを肯定するのが恐ろしかった。

「ねえ、料理が幾ら食べても減ってないんだけど」

「ああ、令。気付いたか」

 三郎丸はこともなげに言った。ナポリタンの皿も一口も食べていないように盛られていた。

「気付いたかって、知っていたの。いつから?」

「最初からだ。そもそも可笑しいだろ。三分以内に食べろというのが。頑張れば、誰だってできそうな時間だろ」

「そうだけど。どうなっているの?」

「その前に、さっきの話を片付けよう」

「さっきの話?」

「この料理が、どうやって運ばれてきたかだ」

 三郎丸はフォークを置いて、テーブルの上で祈るみたいに手を組んだ。これから謎を解き明かす探偵のようだった。


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