傾斜誤差

那須茄子

傾斜誤差

「私ら付き合ってるんだって。クラスで噂になってるよ?」


 

 夕暮れがつくりだした影のなかを、二人肩を並んで歩いていた。

 そろそろ話題もつきかけ、自然と沈黙が続いている最中。葉杖 沙耶はづえ さやはあっさりとした口調で、そんなことを切り出してきた。


 どう反応したものやら.....僕は沙耶の真意が読めず、また返す言葉も掴みかねていた。正直そういう手の話しは、元々苦手でもある。


「私と一成かずなは、ただの友達だよね?」 


 見かねたのか、沙耶は僕に更に尋ねた。

 夕暮れの影に入っていて、沙耶の表情は窺い知れないが。なんだか沙耶から、普段とは違う雰囲気が感じられた。


「そうだね..まぁ割りと仲良い友達って感じじゃないかな」


 戸惑いながらも、不自然にならないよう言葉を選んで言ったつもりだ。そのつもりだった。


「仲良い友達? それって具体的にどんな?」


 沙耶は立ち止まって、更に質問を重ねる。僕も歩を止めて、沙耶と向き合う。

 依然として、沙耶の真意がよく分からない。何で僕たちの関係性に拘る? 沙耶は自分自ら、友達だって言い切ったのに。


「ええと、そんなこと聞かれてもな....」


 答え方が悪かったか。普通に友達だって言い切ったほうが良かった? だけどそれじゃ、僕的にはしっくりこなかった。

 親友とまではいかないまでも、それに近い親しみはあったからだと思う。


「じゃあ、キスして。仲良い友達なら、キスぐらい許されるよ」  


 沙耶は平然と、あくまで僕から見たら冷静に、とんでもないことを口にした。

 あまりに何でもないことのように言うから───僕はついついその気になってしまった。


 だって、沙耶かのじょの唇はあんなにも色っぽいのだ。

 柔らかくて、程よい赤色が帯びて。

 前々からキスしてみたいと思っていたんだ。


 沙耶は瞼を閉じる。

 

 もう何も考えられない。

 理性が本能に追い付かない。分かっていても、追い付かない。


 僕はその無防備な唇に、重ねる。 

 

 それでも足りず、舌を入れる。


 お互いの唾液と息と舌が絡まり、ますます求めてしまう。


 行為が長引けば長引けくほど、引き際はなくなっていく。


 まるで天秤のように、傾いて傾いて。

 まるで天秤のように、繊細で。

 まるで天秤のように、不安定。

 まるで天秤のように、一方的で融通が利かない。

 

 まるでまるで、全てを壊してしまいたかったみたい。



────重ねた唇を、離す。乱れた息を、のみこむ。



「そういうこと、だよ」


 暗い夜が光っていた。

 沙耶の瞳はそれほど、冷たく寒々しかった。

 

 僕は終わってから、気付く。

 沙耶の真意がはっきりした。

 

 これが、沙耶なりの壊し方だったのだ。

 これが、彼女なりのリセットなのだ。


「......沙耶さん、さようならです」

「えぇ、さようなら」


 僕も彼女に倣う。

 もう「また明日」なんて言えない。二度と。


 夕暮れが終わる頃、僕はただ歩く。

 

 僕は忘れていたのだ。彼女がとてもとても繊細であることを。


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