第4話 動機③

 いやいやいや、なんでこうなるんだよ。


 オマエラは、あの「私人逮捕系アイチューバー」の存在を認めているということなのか?


 それに……何?

 憲法?33条だって?



 俺は早急にそのワードを検索する。



『日本国憲法第33条 何人なんぴとも、現行犯をして逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲しほうかんけんが発し、且つ理由となってゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。』


 一回読んだだけでは正直よくわからなかったが、その後、この条文を解説した弁護士事務所とかのホームページを何件か確認してなんとなく理解することができた。


 ……どうやら、スレに書かれていたとおり、確かに現行犯であれば警察ではない一般人でも犯人を逮捕できる権利があるということは間違いないようだ。



 おお……やばい、俺ってば完全に勘違いしていた。

 これは赤っ恥だ。


 顔真っ赤で逃走案件だ。


 せっかく立てたスレもそっ閉じして放置決定だ。



 いや、そうじゃない。

 羞恥心に苛まれている場合ではない。


 確かに強い羞恥の感覚はあった。

 それに個々のレスに対して、「いや、俺は大卒だし!」とか「ニートじゃないから!ちゃんと働いてるから!」とか色々叫びたい感情もあった。


 でもそれも今はどうでも良い。

 


 羞恥の心の裏で、もうひとつ俺の中に芽生える感情、そして考えが巡っていた。



「……それだったら俺も私人逮捕系アイチューバーになれば良くね?」



 思考がぐるぐると回転し始める。

 

 そうか、俺はいままで動画を作るにあたって、結局相手が何を欲しているのかを考えていなかったのだ。


 社会に対する不満を上げれば勝手に共感してくれる人が集まると思っていたが、そうではなかった。


 では何をすれば良いのか。


 冷静になってネットを見ていれば簡単にわかったことじゃないか。


 例えば罪を犯した犯罪者はもとより、くだらないバイトテロや、自分とは関係のない芸能人の不倫に至るまで、人々はその「悪いもの」に対して強い怒りを感じ、わざわざ寄り集まって炎上させたりしている。

 その心理はつまり、悪いことをしているやつはきちんと裁かれるべきという正義感を充足させたいというものなのだろう。


 人はより過激なエンターテイメントを望む。


 つまり、不満を述べるだけでは足りず、それらがきちんと罰を受けるところまでやらなければ、見ている人は爽快感や達成感を得ることができないのだ。


 そういうものが、現代のストレス社会の中で人々に強く求められている。



 そう考えると、私人逮捕系アイチューバーというコンテンツが一定の理解を得られていることにも納得がいく。


 そうか、そうだったのか。


 それが……「私人逮捕系アイチューバー。」



 そうか。

 簡単なことだったんじゃないか。

 それなら俺もやってやるぜ。

 俺もなってやるぜ。



 視聴回数を稼ぎつつ、人々から存在を認められる「正義の存在」というやつに!



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【参考】


◯私人(一般人)による現行犯人逮捕

 日本国憲法第33条だけではなく、刑事訴訟法第213条にも「現行犯人は、何人でも、逮捕状なくしてこれを逮捕することができる。」と明記されている。

 逮捕の種類は他にも通常逮捕(逮捕状で逮捕するもの)と緊急逮捕(一定の要件が揃っているときに、先に逮捕してから逮捕状を請求するもの)の2つがあるが、これらは警察官や検察官等の公的な捜査機関でなければすることができない。

 なお、通常逮捕や緊急逮捕の場合は「逃走のおそれ」か「証拠隠滅のおそれ」がなければならないが、現行犯人逮捕については法律上はそのような縛りはない。

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