絵を描きたいだけなのにー勉強という名の地獄

有原優

第1話 絶望

「雫、起きなさーい」


 お母さんの呼ぶ声がする。嫌だな。このまま寝ていたい。なにも考えたくない。学校に行きたくない。もう一日が始まってほしくない。もう怒られてもいいや。それでもう……ああ……考えるのもめんどくさい。


「雫、起きなさーい!」


 二回目だ。流石に起きなければ起こられるかもしれない。でも……そんなのどうでもいい。遅刻すれば、学校にいる時間も短くなる。それにそもそもの話眠い。毎日頑張っているのだ。少しぐらい寝坊しても神様は許してくれるだろう。


「起きろ!」


 お母さんに布団を剥がされた。安息の時間は終わりらしい。


 私は仕方がないから歯を磨く。歯を磨く時間を伸ばしたら学校に行く時間が遅れると思ったが、後ろからお母さんが見ている。どうやら逃げ場は無いらしい。


 やだなー。寝たい。今日も六時間くらいしか寝てないし。


 ご飯を食べる。いつも通りの味。普通の味だ。別に好き好んで食べるわけじゃ無いけど、餓死するのは嫌だから仕方なく食べる。


 しかし食事に時間を取られるぐらいなら別のことに時間を使いたい。ライターとか、絵とかに。


「そういえば塾の話だけど」


 ああ、お母さんの話が始まる。聞きたくない。


「もう一つ授業を増やさない?」


 そう、お母さんはいつもこういうことを言うのだ。私が勉強を嫌いなことを知りもしないで。だが、私は知っている。拒否権などありもしないことを。


「なんで?」


 無駄だと知りながら抵抗を試みる。


「今のままの感じで大学行けそうに無いからよ。いい? 大学に行けないということは、もう人生終わりということだからね。最低でも偏差値六十以上の大学には行きなさい。分かった?」

「分かってるよ」


 いや、本当は分かっていない。私は好きなことだけをして暮らしたいのに、なんで嫌いな勉強をしなければならないのか、なんで塾なんかに行かなきゃならないのか。


「だから授業増やしていい?」

「いいよ!」


 私は笑顔で言う。いいわけがない。今の塾の授業数でもしんどいのだ。それがさらに増える? 死ねと言っているのか。私に死ねと言っているのか。


 でもそんなことをお母さんに言ったら、完膚なきまで論破されるだろう。子どもなんてもうご飯つくらないからね! という一言だけでもう負けてしまうのだ。


「行ってきまーす!」


 私は笑顔で言う。学校に行きたくないのに。

 塾でも勉強しているのになぜ学校にも行かなきゃならないのか。勉学に励め? お前のために言ってやってるんだぞ? そんなもの知らない。そんなものは他人のエゴの押し付けだ。


 私はスマホを触りながら歩く。SNSだ。好きなゲームのことについて呟く。

 歩きスマホが悪いことなのは知っているが、この時間しかスマホを触れる時間がないのだ。


(今日の無料10連、またハズレだったんだけど。これでもう130連で2体しか出てない。慰めて)


 そうライトする。私にはSNS友が三千人いる。その中に特に仲のいい人が四十人ぐらいいる。その人たちが慰めてくれるだろう。



 返信を待つ間に他の人のライトを見る。


(この犬可愛すぎる)


 動画だった。可愛い。そしてまた他のライトを見る。


(この人かっこいい)


 見ると人がカッコよく、物を飛び越えたりする動画だ。この人はしたいことをしててすごいと思う。


(ミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛いミエたん可愛い)


 私のフォロワーの推しの愛を表現してる人だ。


(俺、このキャラと結婚する時に両親呼びたいんだけどどうしたらいいかな?)


 私のフォロワーのキャラ愛がすごい人だ。結婚するらしい。私はクスリと笑う。


 とそろそろ学校に近くなってきた。先生に見つかると面倒臭い。私は携帯の電源を切ろうとした。


 そこで(運悪いですね笑 私がその状況だったら泣くわ)と通知が来た。私の運の悪さに同情してくれたのだ。私にとってこの時間だけが、フォロワーさんとの会話。これが一番の至福の時間だ。


 私は(そうなんですよね。なんでこんな運が悪いんでしょうね。日頃の行いかな……)

 そう返信した。


 学校に着いた。学校では携帯は触ってはいけないというクソみたいな決まりがあるので、昼休みという先生がしばらく来ない時間ぐらいしか触る暇が無い。


「おはよう雫ちゃん」


 クラスメイトの菜月が話しかけてきた。


「おはよう菜月!」


 私は笑顔で返す。まさか菜月も私が今、帰りたい、ライトしたいと心の中で呟きまくっているとは思っていないだろう。私は優等生なのだ。たまたま志望校に落ちてこの高校に行くことになったため、この学校内では成績が断トツ一位なのだ。



「今日も雫ちゃん元気だね!」


 元気なわけあるかと言いたいけれど、菜月を騙せているということはいいことなのだろう。私は学校ではいつも元気なふりをしている。こうしないと家のことを聞かれて面倒臭いことになるのだ。


 そして始業の五分前のチャイムが鳴る。


「あ、もうそろそろ授業だね」

「そうだね!」


 授業嫌だー! 帰りたい。ゲームしたい、ライターしたい。


「なんか授業嫌、雫ちゃんは勉強できるからいいよね」

「そんなことないよ」

「いーや雫には勉強できないで嫌になる気持ちわからないんでしょ」


 そんなことは全く無いし、私も勉強が嫌になることは常にある。今も帰りたいと思っているのだ。まあ家に帰ってもろくなことがないが。だけどそのことは菜月には言わない。菜月は私のこと勉強できると思っているので、勉強が嫌いな私をあんまり見せたく無い。


 それに菜月には私のライターのアカウントも見せてないし、私がゲームが好きなことも言っていない。


 友達だが、素の自分を見せれてないという意味では真の友達では無いのかもしれない。でも私は菜月が大切だ。


「じゃあ後で」

「じゃああとで」


 そして私たちは一旦別れる。席の位置が違うのだ。

 そして授業が始まる。つまらない授業が。

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