悪役を演じたい悪役令嬢は、メイドに阻止される

ヘス

悪役令嬢は思い出す

「私は大変なことに気づいてしまったの。この世界は乙女ゲームの世界なのよ。」


 ひそかな庭の一画で私リリアン・ベティルブルグは高らかに二人にそう言い放つ。冬の寒さが残りつつも春の息吹が感じられる陽気な日の午後のことだった。


「今度はどうしたんですかリリィ様。」


「とうとう熱で頭がおかしくなっちゃったの、姫。」


と幼いころからともにいるメイドのセシリアとカティに呆れられる。


「おかしくなってないわよ、失礼ね。前世の記憶よ、記憶。小さいころから言ってるじゃない。」


「そういえばリリィ様は、昔から変なことをよく知っていましたし、前世の記憶があるって言ってましたね。」


「それで、そのオトメゲーム? ってのは何。」


「そうねー、なんて言えばいいかしらね。……乙女ゲームっていうのは自分が恋愛小説の主人公になって、自分で選択肢を選ぶことで複数の結末を楽しめる物語って感じかしらね。ある程度の筋書きは既に決まっていて、自分の選択で誰と結ばれるかを変えられる、そんな程度の認識でとりあえずはいいわ。」


「この世界が乙女ゲームというのはどういうことでしょうか?」


「そう。この世界は前世の『光の導く先に』っていう乙女ゲームの設定にそっくりなの。一か月前に我が家に養子として、ソフィアが来たでしょう。彼女が主人公で物語が進んでいくの。きっと彼女が来たから思い出したのね。今までも前世の記憶がよみがえるのは関係あることをしていたときばっかだったもの。」


「そういえば、そうでしたね。最近は全然そんなことを言っていなかったので、前世やらなんやらは、てっきり幼いころの妄言だと思っていました。」


「うそ、そんな風に思っていたの。あんなに詳しく説明してあげていたのに。」


「はい。ですが、馬が牽かない馬車があったり、船が空を飛んだり、その上魔法がない世界なんてそのまま信じるのはむずかしいです。リリィ様は昔から大人びた方だと思っていましたが、たまには年相応のこともあるのだとほほえましく思いながら聞いていました。」


「って私と2歳しか違わないじゃない。」


「僕は信じてたけどね。そんな世界があっても面白いかなって。」


「そうよね。カティは信じてくれるわよね。良かったわ、信じてくれていて。」


「うん。姫は想像力豊かなんだなーって思ってたよ。」


「全然信じてないじゃない。はあ、まあいいわ。とにかくこの世界が乙女ゲームの世界で、彼女が主人公なの。分かった?」


「はい。分かりました。それで、その何が大変なんですか。」


「いい質問ね、セシリア。乙女ゲームには攻略対象っていうのがいて、そのうちの誰かと主人公が結ばれるの。その攻略対象は王子とか、宰相の息子だったりするんだけど、今は置いておくわね。それで、大変なのは私が悪役令嬢だっていうこと。」


「悪役令嬢?」


「悪役令嬢っていうのは主人公である彼女をいじめたり攻略対象と仲良くなるのを邪魔したりして、最終的にはそういったことが公になって断罪されるキャラ、登場人物のことよ。つまりね、私は彼女をいじめて、最終的に処罰を受けるキャラってこと。」


「なぜ、リリィ様が、処罰を受けるような結末になるのでしょう。」


「……そのあたりはまだ思い出せていないところもあるからまたおいおい話していくわ。それで、今日の本題なのだけれど、確か私が熱で倒れて今日で三日目だったわよね。」


「そうですね。普段は丈夫なリリィ様が熱で倒れるなんて本当にびっくりしました。もうお体は平気ですか?」


「もう大丈夫よ、心配してくれてありがとうね。」


「姫、僕も心配してたよ。」


「はいはい、分かっているわよ。それでね、確か私が熱で倒れて5日後つまり、明後日に彼女が私にお見舞いとして、花をプレゼントしてくれるのよ。それが、ゲームの中での私には気に入らなくて、その花を目の前ではたき落としたの。それから彼女に対する意地悪が始まっていくの。それでね私も同じようにその花をはたき落とすからその時は驚かないでほしいの。」


「どうして同じようにする必要があるんですか?」


「今日伝えたかったのはそのことでね。実はね、ゲーム通りに行くと、この国に災厄が訪れるの。それが何だったかは思い出せていないのだけれど、それはもう国家が滅亡しそうなくらいのものだったはずなの。だけどゲーム通りに行って、彼女が誰かは分からないけど誰かと結ばれると、そのパートナーと協力してその災厄を解決していくはずなの。国が滅ばないように彼女たちには国を救ってもらわないと困るじゃない?だから、なるべく私はゲームの通りに動くことにしたの。そうなるように二人にもこれからいろいろ協力してもらうことになると思うわ。よろしくね。」


「まだ、そうと決まったわけではありません。そのような不確定な情報で動くのではなく、災厄などの情報を集めて対処法を探りつつ、今まで通り過ごせばよいのでないのでしょうか?」


「うーん。多分間違いないと思うのだけれど、どうすれば信じてくれるかしら。……そういえば、あれがあったわね。」


「あれってなんのことですか?」


「今日は火の日よね。じゃあ毎週水の日にレオナルド王子が城下街にお忍びで遊びに来るはずだわ。だから明日城下町に彼がいたら、信じてくれる?」


「…分かりました。そこまで言うのでしたら、そのことが事実であれば信じます。」


「じゃあ明日、僕が調べに行けばいいかな?」


「そうね、お願いできるかしら。」


「姫の頼みとあれば喜んで。」


「じゃあ一旦この話は終わりにして、お茶でも飲みましょう。セシリアもお茶が入れてくれたら一緒に座ってクッキーでも食べましょう。」


 そうして私たちは束の間の歓談を楽しんだ。


 ~~~


 二人との集会は私の忙しい日々の癒しだ。集会があった日の夜は特にそう思う。その時だけは、変に格式張らずに本音で話すことができる。普段の生活では、二人とも一歩引いて貴族である私を立てているが、あそこでは昔のように距離が近く感じられる。

 これから私は、ソフィアに嫌がらせをして、その後多くの人に嫌われながら、最終的には良くても処刑される未来が待っている。死ぬのは怖いし、心優しい義妹をいじめることだって本当はしたくない。

 それでも私は公爵家に連なるこの国の貴族の一員として、国のために最期まで尽くす義務がある。だから私の進む道がたとえ地獄に続いていようが、それを迎える日まで堂々と歩いていかなければならない。

 ただそれでもあの二人だけには嫌われたくない。たとえ世界中の人に嫌われたとしても彼女たちだけには嫌われたくなかったからこんなことを話してしまった。私は、貴族にふさわしくない弱い人間だ。それでも貴族として生まれてきたからにはやらねばなるまい。彼女が来てから思い出すのに1ヶ月もかかってしまったが、逆に考えれば1ヶ月だけとも考えられる。まだまだ、挽回の利く段階ではあるだろう。国のために、私リリアン・ベティルブルグは与えられた悪役令嬢という役を最後まで演じきって見せよう。そう決意しながら眠りについた今日であった。

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