第19話 僕は

 余計な事を! この鬼畜教授の提案なんて、絶対にろくでもない。

 学生たちの予想通り、教授がろくでもない提案を宣言する。


「出席を偽っていたもの――他人に出席登録をさせた者、及びそれを請け負った者であるが、双方に、金輪際二度と単位を与えないものとする」


 シン……と教室が静まり返った。不思議なほど時間がゆっくりと流れる。

 俺は奏ちゃんと顔を見合わせた。理解が追い付かなかった。二度とってつまり、どういう事だ?

 学生たちの腑抜けた脳を刺激するように、教授がわざとらしく咳払いする。


「代返を依頼した者、受けた者は、今期の単位取得を不可とする。具体的に言うと、本日以降の出席を、試験も含め、認めないという事だ。さらに今後、当講義を受講する事を禁止する。来期以降、勝手に履修登録した者はこちらで弾く。つまり、未来永劫『国際社会基礎』の単位をとる事は出来ないという事だ」


 それはつまり、死刑宣告と同じだった。

 国際社会基礎は必須科目だ。単位を取る事が出来ないということは、実質退学勧告である。

 いや、厳しすぎないか? そんな暴挙が許されてたまるか! だいたい俺は毎回出席していたんだぞ! レポートも書いた。なんなら三人分書いた! 誰よりも書いているのに、退学?


「ただし」


 教授がマイクに向かって大きな声を出す。


「今回は初回である。そこで、救済措置を取る事にした。この講義終了後、私の元へ来て謝罪し、今後そのような行為をしないと誓約書を書いた者については、一度だけ、来期以降の講義の受講を認める事とする。以上」


 教授はそれだけ言うと、いつも通りつまらない講義を開始した。

 それはつまり、助かった……のか?


 今の話は、今期の単位取得は出来ないが、後期に単位を取得する事は可能ということだ。つまり、来期に頑張れば進級できるという事。それはギリギリ首の皮一枚つながっている程度の救済だった。厳しい事に変わりはないけれど、それでも退学と比べたら生と死くらいの違いがある。

 安堵する俺とは対照的に、隣の奏ちゃんはみるみる顔を青くしていった。


「奏ちゃん?」

「ねえ愛音くん、僕も『代返した者』になると思う?」

「え。……あっ」


 そうだ、前回の講義。

 他人の学生証を読み込ませたのは俺だけど、プリントは奏ちゃんに手伝ってもらってしまった。教授の言う「代返を請け負った者」というのがプリントの代筆をも指すのなら、奏ちゃんまでこの条件に当てはまってしまう。

 しまった。

 青ざめる奏ちゃんはたぶん、今まで一度も代返なんてせずに過ごしてきたのだろう。聖人君主の奏ちゃんは、代返常習犯の俺とは違う。こんな事で単位を落としていい人間ではない。

 そんな奏ちゃんを、俺は巻き込んでしまったのだ。もしもあのプリントが原因で奏ちゃんまで単位が取れなくなってしまったら、それは、とんでもない事だ。


「いや、いや。奏ちゃんは大丈夫でしょ。ちょっとプリント書いてくれただけだし」


 なんて、願望まみれの無責任な返事をする。奏ちゃんの表情は尚も暗い。


「うん。そうだと良いけど、でも、筆跡で僕が恭介くんのプリントを書いたってバレないかな。もしも僕が書いたってバレてるとしたら、謝罪しに行かないと二度と単位取れなくなっちゃう」

「でも! もしバレてなかったらさ、折角今まで出席してきたのに全部無駄になっちゃうじゃん。そんなの、だって……」


 申し訳ない。

 謝罪に行くという事は代返を認めるという事だ。もしも教授が奏ちゃんの代返に気付いていなかったら、ただただ無駄に今期の単位を放棄する事になってしまう。毎回代返していた俺はともかく、たった一回、それも俺を助ける為に手伝ってくれただけの奏ちゃんがそんな目にあうのは絶対に阻止したかった。三年生の俺たちにはもう、今期と来期しかチャンスはないのに。

 なんとかしたい。そう思う俺に、奏ちゃんは諦めた様子で首を横に振る。


「下手な賭けをして退学になっても嫌だから、謝罪しに行くよ。愛音くんも行くでしょう? 同じ境遇の人がいると心強いよ。来期一緒に頑張ろうね」


 こんな状況になっても奏ちゃんは他人を責めたりはしない。文句のひとつでも言ってくれれば良いのに、その優しさが逆に俺を責めてくる。


「奏ちゃん、ホントごめん」


 つらい。つらすぎる。

 この神様のように優しい奏ちゃんを巻き込んでしまった事が本当にキツイ。どうせなら、二人で一緒に恭介に責任をなすりつけに行きたかった。それすら許さない奏ちゃんが優しすぎて、尚つらい。

 そんなとき、伽羅奢が隣でフッと鼻を鳴らした。


「キミらは馬鹿か?」


 腕を組んだ伽羅奢がくだらないと言いたげに笑う。この美少女幼馴染は空気も読まないし、人の心も知らんぷりだ。

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