第15話 講義ひとコマ何万円?

 奏ちゃんと協力し、なんとか全員分のレポートを書き終えて、講義が終わった。


 肩の荷がおりて、力いっぱい伸びをする。そういえば二日酔いもだいぶ良くなってるな。四限は緩い講義だし、心もだいぶ軽い。

 スマホには恭介から連絡がきていた。四限へ向かう前にキャンパス内のコンビニ前で恭介と落ちあい、講義の仕様変更について手短に話をする。


「――って事があってさ」

「おいおいおい。なんだよ、それ。あの教授ドS過ぎるだろ」

「ね。俺、竹チン先輩と桃さんの分もあるから、まじでキツイ」

「はいはいはい、噂の飲みサークルの先輩な」


 竹チン先輩と桃さん。俺がいつも代返している二人である。

 竹チン先輩は二十五歳。桃さんは二十三歳。いい歳でありながら、彼らはいまだ大学三年生だ。


 何故かって?


 それは「国際社会基礎」の単位が取れず、何度も留年を繰り返しているからだ。

 それ以外の単位はとっくに全て取得出来た彼らは、この国際社会基礎の単位を取るためだけに、一年間の学費を三桁万円ほど払っている。その事実は、そんじょそこらの怪談よりもずっと恐ろしい。


「てかさ、恭介。俺が所属してるの、飲みサーじゃなくてユースホステル部だから。旅行サークル! 飲んでばっかみたいに言うなよ」

「いやいやいや、酷い二日酔いの癖によく言うわ。どうせ昨日だってそのサークルで飲んでたんだろ?」

「そっ……。それは、まあ……」


 反論のしようがなかった。

 確かに昨日はサークルの飲み会だった。当然、竹チン先輩もその会に参加していた。サークル最年長の竹チン先輩は会費をたっぷり払ってくれる。その結果、二次会三次会と会が伸びて、結局朝までコースになるのだ。


 それにしても、昨日の飲み会もキツかった。

 飲み過ぎとかそういう事を抜きにしてもキツい。酔っぱらった竹チン先輩の自虐が、俺にもぐっさり刺さってしまったからだ。


 竹チン先輩は年間百万円超えの学費を払って、たったひとつの単位を取ろうとしている。「講義一コマ何万円だよ!」なんて言うと、飲み会の席はドッカンドッカン盛り上がった。

 けれど、俺は笑えない。だって今年この単位を取れなかったら、来年には俺も竹チン先輩と同じ立場になってしまうのだから!

 次の講義の教室へ向かいながら、恭介が言う。


「もう学生証返しちゃえよ。先輩に対して断りづらいかもしれないけどさ、一回も授業に出てない奴が試験をクリア出来るわけないんだから。無駄だよ、無駄」

「うん。まあ、そうなんだけどさ。でも俺、やっぱり断れないんだよね」


 その理由こそ、正に俺らしい。


「実はさ、サークルの春の新歓旅行の費用、竹チン先輩と桃さんに出してもらったんだよね。交通費、宿泊費、飲食費、全部」

「は? ちょちょちょ、え? なんで?」

「なんか、出してくれるって言うから。ラッキーって。で、あとから『代返よろしく』って頼まれたわけ。そしたらもう、断れないじゃん。そんで、今に至る」

「あー……、はいはいはい。買収されてんのか。そりゃ愛音の自業自得だわ」

「そ。だから仕方ない」


 四限の教室について、今度は自分の学生証だけを読みこませる。後ろの方の席に座りながら、恭介に向かって言った。


「そういや恭介。さっきの講義で恭介分のプリントを書いてくれたのは、奏ちゃんなんだよね。だからさ、今度奏ちゃんに焼肉おごってあげて」

「焼肉?! おいおいおい、そんな金あるわけないだろ!」

「でも留年して年間百万払うよりは安くない?」

「……確かに」


 数千円で単位を買えるなら安いのだ。


 ◇


 とは言え、俺は困っている。

 実際にやってみて判ったけれど、十分で三人分のプリントを書き上げるのはかなり厳しい。こりゃ無理だ。

 仕方ないので先輩方に「自分で出席してください」とメッセージを送ってみたけれど、竹チン先輩は「バイトだから無理」の一言。桃さんに至っては未読無視だ。酷くない?


 

「というわけで、助けて伽羅奢ぁ」


 俺は月曜日の朝っぱらから、伽羅奢の家の玄関のチャイムを連打した。寝てるかな? でも、仕方ないのだ。大事な単位がかかっているのだから。

 ピンポン連打と同時に自分の置かれている状況を説明していたら、部屋の中からドカドカと歩く音が聞こえ始めた。

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