24:獅

 辿り着いたのは、タトゥースタジオだった。

 俺は、一方的にこの場所を知っている。彫り師のコウがいるタトゥースタジオだ。一部の愛好家に名前が売れていて、アングラな趣味を持つヤツらの中では度々話題にあがる。

 なかなか予約が取れないということで有名なスタジオでもあるはずなんだが、マダラは勝手知ったる顔でスタジオのある雑居ビルのエントランスを通り、エレベーターに乗り込む。

 インターネットのサイト上でしか知らない場所へ実際に来るのははじめてではないが、妙な緊張感を抱く。


「……大所帯で来たな」


 初夏だというのにやけに蒸し暑い夜だ。走れば汗ばむような気温の中、黒い長袖で手首まで隠している上に、タートルネックで丁寧に首まで隠している男が俺たちを出迎えた。


「ひっひっひ、悪いねぇ」


「悪いと思ってねぇだろ」


 マダラと宇田川とは顔見知りのようだった。


こうです。ええと、まあ閉店後なんで適当にしててください」


「ありがとうございます。俺はええと……猶村なおむらといいます」


 丁寧に挨拶をしてくれた杭に、一方的に色々と捲し立てたいのを耐えて、頭を下げる。

 マダラたちとどういった関係か言おうと思ったが、友人というのも知人というのも憚られたので特に言及をしないことにした。

 マダラに何か耳打ちをされた杭が、宇田川と一緒に個室へと姿を消すのを見送ってから、廊下に置かれている金属製のベンチへ腰を下ろした。


「なあ、その舌、趣味か? 仕事の決まりか?」


「……趣味」


「へぇ……。由緒正しい家系の坊ちゃんでもヤンチャはするんだな」


 隣に座ったマダラは、俺の顔を覗き込みながら舌について聞いてきた。趣味だと答えると、喉の奥を鳴らすように声を漏らして笑う。

 笑うときにチラリと見える鋭い犬歯も、口を隠す長い指も、少し伏し目がちに笑った時に頬に落ちる睫毛の影も……全てが美しくて、うさんくさい。

 顔を上げたマダラの前に垂らした三つ編みが揺れる。


「んで、正体は掴めそうかい?」


「……掴めたのなら、退治に行っている」


 妖しく光る双眸がしっかりと俺を捉えている。嘘だらけで出来ているくせに、こちらの嘘は見抜いているんじゃないかと錯覚させるような視線だ。


「虫の妖怪あやかしだ。俺の式で食ってしまえればよかったんだが……」


「何か、ダメだったのか?」


「アレは、虫ではない。アリジゴクの妖怪あやかしや神だとして、鎮め方も、わからない」


「師匠ってやつは何か残してくれなかったのかい?」


「……ああ。残念ながらな」


 情報交換をするが、拉致があかない。向こうも情報が足りないのは同じだろう。下手に物事を隠しても俺たちが不利になるだけだ。

 アレに鎮めるための祝詞も効かなかったこと、式で力を削ごうにも強力すぎて太刀打ちできなかったことまで洗いざらい話す。

 俺もマダラも沈黙すると、外から聞こえる救急車の音やパトカーのサイレンの音がやけに耳につく。

 何か手掛かりになることが増えないかと思っていると、個室から宇田川と杭が出てきた。


「こんなもんでどうだ? 二、三日で落ちちまうけど」


 宇田川の服が杭の手に寄って胸までたくしあげられると、鮮やかな牡丹の花が咲いていた。胸の青い蝶が花に誘われているようだと思った。

 朝露に濡れた牡丹の花は瑞々しく、触れたら本当に指が濡れてしまいそうだと錯覚しそうになる。


「まあ、それまでになんとかするさ。ところで最近妙な奴をみかけなかったか?」


「個人情報は教えられねぇって言ってるだろ」


 宇田川は捲られた服を下ろしてから俺にぺこりと頭を下げた。お人好しな奴だなと思いながら俺も反射的に頭を下げる。

 目の前では立ち上がったマダラに肩を組まれている杭は首を横に振って最初は断っていたが、なにやら耳打ちをされると観念したように大きく溜め息を吐いた。


「背中に立派な獅子の入墨を入れてくれっておっさんが来たよ。筋彫りだけでいいから、すぐに仕上げてくれってな」


 その言葉を聞いたマダラの目が「ギラリ」と光ったような気がした。

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