第十二場・Please!

  明転。出演者が稽古前のアップをしながら雑談をしている。最後にかおるが入ってくる。どことなくよそよそしい



幸子  「あ、おはようございま~す」


真姫  「ジュリエット遅刻ですよ~」


かおる 「あ、ごめんなさい……」


真姫  「罰としてジュリエット役は没収で~す」


かおる 「!!」


真姫  「な~んてうそぴょ~ん」


清四郎 「コラ、まじめにアップしなさい、ちゃんとやらないと怪我するぞ」


真姫  「は~い」


かおる 「あ、あの……」


百合枝 「あ、かおるさん稽古始まる前にちょっと軽く読み直ししません?やっぱロミオってセリフ量多くて何度やっても不安で」


清四郎 「それだったら少し時間とっていいぞ、そしたらその間ティボルトとマーキューシオの殺陣のシーンをさらっとくから」


石崎  「ひいっ」


清四郎 「なぜ逃げる」


石崎  「どどどど、どうしても僕も出なきゃダメですか」


清四郎 「どうだ十年ぶりの舞台復帰は?楽しいだろう」


石崎  「かんべんしてくださいよ、もう~」


雁之介 「ふっふっふ、容赦はしませんぞ」


石崎  「ひい~」


かおる 「あの、みんな……」


幸子  「じゃあ私、もうちょっと筋トレしてます」


真姫  「うひょ~、最近幸子ママ気合入ってる~」


幸子  「だってもう本番まであと二週間ですからね、少しでも声が出るようにがんばらないと」


雁之介 「へえ、なんか意外って言っちゃあ悪いけど、幸子ママがこんなに張り切ってくれるたあねえ」


真姫  「ホント、ジュリエット役から外れたらもうやめちゃうんじゃないかと思ってたわ~」


雁之介 「そりゃお前さんの方だろう」


真姫  「え~、そんなことないですよう……いや、あるかあ、えへへ」


幸子  「ホント、自分でも不思議なんですけど、今はどんな小さな役でも、自分とは百八十度ちがう役でも『やってみたい』って思うんです」


真姫  「そうそうあたしも〜」


幸子  「お芝居って、自分とちがう人間になりきるのが楽しいんだと思ってたけど、それだけじゃないんですね」


雁之介 「ほうほう、というと?」


幸子  「なんていうか、自分とちがう人間を演じることによって、自分自身もちょっぴり幅が広がっていくっていうか」


真姫  「あ~わかるわかる~、あたしもお、キャピュレット夫人をやってたら、なんか大人?なジブンが見えてきたみたいなカンジが超するっていうかあ」


雁之介 「いやそれはないだろう」


真姫  「ひど~いなにそれ~」


かおる 「あの……」


稲村  (入ってきて)「悪い、遅くなった」


百合枝 「大丈夫ですよ、遅刻じゃありません」


稲村  「夜遅くまで飲みすぎちまった」


清四郎 「いいトシしてなにやってんだよ、いいかげんに酒やめろよ死ぬぞ」


稲村  「ふん」


百合枝 「くすくすくす」


清四郎 「?」


百合枝 (小声)「この間初めて気づいたんですけど、中身お茶なんですよ、あれ」


清四郎  「えっ!?」


百合枝 (小声)「本当はとっくにお酒やめてるんですよ、先生」


清四郎 (小声)「そうだったんだ……ったく、ああいう性格してやがるからな、今更自分の無頼なスタイルのイメージを崩したくないんだろ。ガキみたいだよ」


百合枝 「うふふ」


稲村  「なにをブツブツ言ってやがんだこの野郎、稽古始め……」


かおる 「あのっ!」



  思わぬ大声に一同軽く驚いてかおるに注目。



清四郎 「なに、かおるさん?」


かおる 「あの……みなさんにお話が」


真姫  「なになに」


かおる 「あの、この間受けたオーディションなんですけど……」


真姫  「あ~、事務所やめる前に最後に受けるって言ってたやつ?なに?受かったの?」


かおる 「う、うん……」


清四郎 「へ~、よかったじゃない、アニメ?」


かおる 「うん……」


真姫  「すごいじゃな~い、どんなやつ?あたし知ってるかなあ」


かおる 「プリキュア」


一同  「え!?」


かおる 「来年はじまる新シリーズの、その、主役に……」


百合枝 「すごいじゃないですか、おめでとうかおるさん!」


真姫  「見てた見てたプリキュア!なんてタイトル?」


かおる 「『世紀末美少女戦士 アポカリプスプリキュア』だって」


清四郎 「物騒なタイトルだなおい」


雁之介 「へ~、テレビまんがは全然見たことないですがたいしたもんですね~」


清四郎 「テレビまんがって今時言わねえぞいくつだよガンさん」


雁之介 「応援してますぜ」


幸子  「でも、そうしたらこっちの稽古とかぶっちゃって大変ですね、収録の方はいつから始まるんですか?」


かおる 「……再来週」


一同  「えっ」


かおる 「再来週の、本番の日……」


清四郎 「え、ちょっとまって…それって……え?」


かおる 「だから……その……こんなに差し迫ってから言うのは申し訳ないんですけど……あの、あの……ジュリエットを降板させてください!」


一同  「…………」


かおる 「わがままだっていうのはわかってます……せっかくジュリエット役に指名してくれたのに、こんな裏切るようなまねをして」


清四郎 「いや……」


かおる 「でもわかってください!これが本当に最後のチャンスなんです!私が声優としてもう一度光り輝くために、ここで、みんなといっしょに積み重ねてきた経験を、アニメを通じて伝えたい、『アイドル声優』じゃなくて、本当の『女優』としてスタジオで挑戦したいんです。だから、だから……」


百合枝 「なに……言ってるんですか……」


清四郎 「ユリさん……」


百合枝 「何言ってるんですかふざけんじゃないわよ!やっと、やっとここまでみんなで作り上げてきたのに、みんながどんな思いで、私がどんな思いでジュリエットをあきらめたのか……私が……私が……」


かおる 「ごめんなさい……ごめんなさい……」


百合枝 「あやまんないでよ!私にあやまんないでよお!」



  一同、悲痛なまでの沈黙。やがて……



清四郎 「行ってこいよ」


かおる 「え?」


清四郎 「チャンスなんだろ?もう一度、光り輝くんだろ?だったら応援するよ」


かおる 「でも……」


清四郎 「気にすんなよ、ジュリエットはまたいつかやれるさ、プリキュアを演じるチャンスは一回こっきりじゃないか、だったらみんなで応援するさ、なあ」


雁之介 「そりゃそうさ、いってみりゃカンバンにもなってない役者がいきなり大石内蔵助をやるようなもんじゃねえか、そうとなったら応援するわあな」


真姫  「いやそのたとえさっぱりわかんないし。でもするする、絶対応援する!」


幸子  「今日までここで稽古してきたことが立派に活かされてたってことの証明じゃないですか、誇っていいですよ」


かおる 「みんな……」



  かおる、百合枝を見る。百合枝、泣きじゃくった顔のまま力強くうなずく。



かおる 「みんな……ありがとう……ありがとう……」



  かおる、深々とお辞儀して去る。清四郎、かおるを見送った後……



清四郎 「どどどどど、どうしよ~!!」


石崎  「何をいまさら言っとるんじゃこの人はあ!」


清四郎 「お、おう、そうだまず落ち着け大丈夫だなにたいしたことじゃないこんなことはしょっちゅうあるもんさだからどうってことないぜだからお前らいいからおおおおおお落ち着け


雁之介 「お前が落ち着け」


幸子  「いや、でも本当にどうするんですか?もうみんな自分の役が決まっちゃてるし、いまさら役を代えるのは無理ですよ」


雁之介 「さすがにあと二週間でジュリエットをやるのはなあ。最悪、台本持ったままやってもらうしかねえかなあ」


石崎  「なんとか工夫して、プロンプを入れながらやるしかないですかねえ。無線を使うとか」


百合枝 「それをやるにしてもまず代役の女優さんをさがさないと……」


清四郎 「いや、さすがに今からじゃそれはきびしいだろう……」


稲村  「……いるじゃねえか、一人」


清四郎 「は?なに言ってんだよ、どこにいるんだよそんな人」


石崎  「そうですよ、ジュリエットのセリフをちゃんと覚えてて、演出とか立ち位置とかソデの出はけとかもわかってて、なによりもこの劇場を知り尽くしてる人なんて……人なんて……?」



  一人、また一人とある人物の元に視線が集まっていく。



清四郎 「……ん?」


一同  「ん?」


清四郎 「んん?」


一同  「んん?」


清四郎 「んんん~!!!!????」



  暗転

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