第8話
美しい青空の下を30分ほど連れ立って歩いたところで、杖を手にしたアダチ・ド・ゴールは立ち止まった。
「さあここだよ」
お詫びをすると言われ、半強制的に連れてこられたレイ・フェリックスは早くも帰りたい気持ちでいっぱいだった。
そこは黒い蔦が絡まった古くて大きな蔵。
さすがに金持ちなだけあってただの物置きもこんなに立派なのだと感心する。ただ、これ以上あの蔵には近づきたくはない。
「なんでレイをここに連れてきたの?」
黒髪天才剣術少女シャルル・ド・ゴールが言う。いつもの強気な言葉遣いが無いので見てみると顔が青ざめている。
やはりこの蔵には何かあるようだ。
「小僧は魔武器に興味があるんだろう?」
鬼婆の笑み。
「それならこの中にたっぷりあるよ。ここはゴール家が長い間集めた魔武器や魔道具が納められているんだからね。きっと小僧の気に入るものもあるはずさ」
なんと!この蔵から邪悪な気配がするのは、魔武器や魔道具を詰め込んだことによるものだったのか。
「この前のお詫びだよ、何か気にいるものがあったら遠慮なくいっておくれ。さあこの中に入って色々と見てみようじゃないか」
絶対に嫌だ。
魔武器や魔道具には悪魔の魂が宿っている。そう言っていた母の言葉の意味が体感としてわかる。
何も知らずこんなものを欲しがっていたのか。つまり、この嫌な気配は悪魔の魂の気配なのだ。
やはり親のいう事は聞いておいて損は無い。
まだ蔵の扉を開けてもいないのにこの異様な空気感。中に入ってしまえばどれほど恐ろしいことが起きるのか分かったものじゃない。
逃げるか。
アダチは俺が魔武器を選んで、それを受け取るまでは納得しないだろう。
けど俺としては入りたくない。
それならば逃げるしかない。後は野となれ山となれ、さらばだ鬼婆。そう思ったその時ーーー。
「おい!」
突然の背後からの声に背筋が凍った。
「逃げようとしてないでとっととーーー」
体を回転させ、背後に感じる殺気に対し裏拳を叩き込む。
「おっと!」
振り向いた視線の上側には紫色の髪をした背の高い男の顔。当たるはずだった拳を手の平で軽々と受け止めていた。
「ガキの割にまずまずの威力だな………」
掴まれている腕が動かない。
「気が付くのは遅すぎたが、そこから攻撃に移るまでは早かった。考えるよりも早く攻撃に移る。なかなかできるもんじゃない」
いきなりの攻撃を完璧に防いだ後に解説をするほどの余裕。この男一体何者なんだ。
罠?
とにかく手を取られている今の状況は何とかしないといけない。
脛の内側へ蹴りを入れる。
完璧だと思ったが、男は最初に掴んでいた左手をあっさりと離してバックステップで躱した。
こいつ相当強い。
「お前本当にガキか?婆に呼び出された時には、何を大げさなと思っていたんだが、どうやら耄碌(もうろく)したわけじゃなかったらしいな」
喋りながらも油断している様子はない。
体格が違いすぎるし、動きから見て間違いなく武術をやっている。自分よりもはるかに格上の敵だ。
悔しい。
毎日のように道場に通っていても世の中には到底及ばない人間がいる。
悔しいけど今は逃げるしかない。何が目的なのかは分からないが、俺にとっては良いことであるはずがない。
逃げる。
そう思った瞬間、体を拘束されていた。
「はい一丁上がり」
声の主は背後にいた鬼婆。
男に注意を払いすぎて存在をすっかり忘れていた。白い布によって腕と足を体ごとグルグル巻きにされていて動けない。
ああ、口も塞がれてしまった。鼻は残しておいてくれているので呼吸はできるが、もうどうしようもないほどに拘束されている。
まるでミイラだ。
「何をしてるのよアダチ!」
シャルルの声が聞こえる。
声の調子から判断してどうやら彼女は戸惑っている様子だ、シャルルだけは敵ではないようだ。。
「安心しな。別にとって喰おうってわけじゃないんだよ」
シャルルの方を見ながら話しかける。
「ただせっかくここまで来ても勘の良い奴は逃げようとするからね。ちゃんと詫びを受け取ってもらうために捕まえただけさ」
意味が分からない。
詫びを受け取らせるために拘束するなんてそんな話がどこにあるというのだ。死ぬほど文句を言ってやりたいが今の俺はコクーン以下。
全力で暴れているのに動く気配が無い。できることといえば、首をひねって鬼婆の方を見ることくらいだ。
「油断したね小僧」
鬼婆は笑っている。
「お察しの通りこれも魔道具さ。どうだい指一本動かせないだろう?」
ムカつく顔のアダチが見せつけてきているのは杖。
その杖は握る部分が髑髏になっていて、その口から出ている白い布が体を縛っている。分かったところでどうしようもないのだが、とりあえずは分かった。
最初に気が付くべきだった。
あれだけ元気いっぱいに追いかけてきていたのに、なぜか今日のアダチは杖をついて道場に来た。足でも痛めたか?と思っていたのだが、それが判断ミスだ。
髑髏の部分は手で握り込んでいて見えないから、いかにも普通の杖のように見える。
何という策略、年季が違う。
「さあ小僧、それじゃあ楽しい楽しいプレゼント選びと行こうじゃないか」
笑い顔が日本昔話に出てくる鬼婆そのものだ。顎で合図した途端に男がレイをいとも簡単に持ち上げる。
「アダチ!何してるのよ、そんなお詫びの仕方ってないじゃないの」
助け船。
こうなってしまってはシャルルに頼るしかない
「シャルルはここで待ってな。大丈夫、この小僧ならすぐに帰って来るよ」
「あんまりひどいことはしないでよ」
助け船は速攻で沈んだ。
シャルルは祖母をであるアダチを信用しているらしい。
強制的に蔵の前まで連行され、アダチが大きな鍵を差し込んで蔵の扉を開錠するのを見た。
扉を開けた瞬間に溢れ出した声。
魔武器や魔道具には悪魔の魂が宿っている。
それは悪魔の声。
必死の抵抗虚しく、おぞましい薄暗い闇の中へとレイは担がれていった。
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