第4話
シャルル・ド・ゴールは剣術の天才である。
物心つく前から実家の道場で木刀を振り回していた。最初は遊びだったがみるみるうちに上達していった。
ゴール家は有名な剣術家を何人も輩出してきた名門貴族。その中でもシャルルは特に剣術の才能があると言われるようになっていった。
5歳にして剣術は遊びではなくなっていた。
人見知りであり、ずっと道場の中にいるので他の子供たちと上手に接することが出来なかった。黒い髪をからかわれて泣いたこともあった。
うらやましかった。
楽しそうに遊んでいる子達を見ながら、自分もあの中に入りたいと思っていた。汗臭い道着なんかじゃなくて、きれいな明るい色の服を着て、友達と一緒に楽しく街を歩いてみたかった。
そんなある日の朝。
道場の前に少年とその母親らしき2人がいた。
休みの道場にまさか知らない人がいるとは思わなかった。しかも子供。私は緊張して、不機嫌な感じになってしまった。
しかも自分でもなんでだか分からないけど、髪の色のことを悪く言われると思ってしまった。そしたら少年は帽子を脱いで、自分の黒い髪を私に見せてきた。
驚いた。
まさか自分の家系以外にも、あんなにはっきりとした黒髪の人間がいるなんて思ってもみなかった。自分も同じ黒髪なのに悪口なんか言うはずがない。
私は困った。
勘違いしたことを謝った方がほうが良いのは分かっていたけど、悔しくて言えなかった。だけど少年は私の目を見てくる。
何か言わないといけない、だけど言えない。焦っているのにずっと話しかけてくるので、私はいっぱい怒ってしまった。
そんな所に祖母のアダチがやって来て、私が虐められていると勘違いをした。そそっかしい所と思い込みの激しい所は、私もそっくりだ。
少年は逃げだした。
驚いた。
少年の身体強化はかなり上手で、走るのがすごい速かった。多分、私と同じくらいは使いこなせている。
アダチはすぐに少年を追いかけた。
しばらくしたら「危ないから止まれ」というアダチの叫び声が聞こえてきたけど、少年は止まらなかった。
声が聞き取りにくかったのかもしれない。走りながら叫んでいるせいで、アダチの喋り方に慣れている私でもそうだったのだから
残されたのは少年の母親と私。
心配そうだったので、きっと大丈夫と思いますと言ったら、ありがとうとお礼を言われてクッキーもくれた。すごく優しい人だと思った。
ふたりが戻ってきたのはけっこう時間が経ってからだった。
汗だくのアダチから話を聞くと、逃げたから反射的に追いかけてしまったのだけど、その後で少年のことを連れ戻さないといけないと思ったみたいだ。
そしてだいぶ走ったところで、人とぶつかりそうになったところを何とか捕まえることが出来たという。
少年の母親がアダチに説明してくれた。少年の父親が私の父の知り合いで、今日から道場に通うことになってるのだと。
驚いたことに、アダチはその事を知っていたそうだ。
それなのに私が虐められていると勘違いして、興奮のあまり忘れてしまったらしい。アダチはひたすら謝っていた。
へろへろになった少年は帰ったけど、次の日になると当たり前みたいに道場にやって来た。
私は驚いた。
昨日あんな目にあったのだから絶対に来ないと思ってたのに。しかもヘラヘラ笑いながら、昨日は食べられると思った、と言ってきた。
何を言っているんだろう。
いくらアダチが怖い顔をしているからと言って、人間を食べるはずがないのに。そう思ってから気が付いた。
冗談を言われた。
子供から冗談を言われたことなんか無かった私は、すごく慌ててしまって上手く話すことが出来なかった。変な奴だと思われたに違いない。
私は変な奴なんかじゃない。だけど他の人は私のことを変な奴だと思っている気がする。それが嫌だ。
けれど少年はそんなことは思って無さそうだった。だけどその代わり、焦っている私を見てニヤニヤしていた。
腹が立つ。変な奴だと思われるのは嫌だけど、ニヤニヤされるのも嫌だ。
そうしているうちに稽古の開始時間になった。
きっとこの少年はもう道場には来なくなるだろうと思った。だって新しく入った人がまず最初にやるのが、掃除と素振りだから。
素振りに関しては一日中やる。
普通の人は最初から強くなる技を教えられると思ってくるので、木刀を振るなんて地味なことをずっとやらされるのは嫌なのだ。
そんなのは私だって嫌。けれど入ったばかりの人には必要な稽古なんだ。だからほとんどの人がすぐにやめていく。
けどその少年は当たり前みたいな顔をして、ずっと素振りをしていた。木刀の持ち方だとか姿勢だとかを注意されても素直に聞いて、直そうとしていた。
少年は次の日も普通に道場にやってきた。それでもやることは一日中素振りだ。
それなのに次の日もまた来た。
おかしい。
大人だったら一日。子供だったらその半分も持たないのが普通なのに、その少年は嫌な顔一つせずに一日中素振りをやり続けていた。
一番困るのは空き時間になると私の所に来て話しかけてくることだ。私は人と話をするのが苦手なんだ。それなのに毎日来る。
「すごいね」とか「どうやったらそんな風に動けるの?」とかならまだわかるけど、「昨日何を食べた?」とか「何が好きなの?」とか、剣術に全然関係ない事も話しかけてくる。
そんなことを言われても、私はなんて言ったらいいのか分からない。それでもあいつは来る。
ある時は会ってすぐに「髪を切ったんだね」と言われた。
恥ずかしかった。
何でだか分からないけどすごく恥ずかしかった。だから「そんなこと気が付くな!」と怒ってしまった。
嫌われたと思った。自分でもなんで怒鳴っているのか分からないのに怒鳴っていたから。
あいつは少しびっくりした顔をした後で、ニヤニヤ笑っていた。あいつは私が怒ると笑うんだ。意味が分からない。
そのせいで最近は、髪型のことが気になって気になってしょうがなくなってしまった。だって私が髪を切ったらあいつは絶対に気付くから。
本当は剣術の邪魔にならないように、前髪は短い方が良いんだけど、今はどうしようか悩んでる。
街で見かける綺麗でオシャレな女の人の前髪はちょっと長めなんだ。
そろそろまた美容院に行かないといけない。どうしよう。何も言わなかったらいつもの短い前髪になってしまう。
それが嫌なんだったら「前髪を短くしないでください」って美容師さんに言わないといけない。だけどもしその時に「なんでですか?」って聞かれたらどうしよう。
あの美容師さんはお喋りな人だから聞いてくる気がする。もしそうなったら私は何て言えばいいんだろう。
理由なんかない、理由なんかないんだけど、前髪は少し長めのほうが………。
っていうか、なんでこんな事で悩まなくちゃいけないんだ。いままでこんなこと無かったのに。
あいつのせいだ。
あいつのせい。
あいつは本当に変な奴なんだ。
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