最強様、観念なさい

あまがみ

第1話 まぁいいか

 魔術師女性というのは魔法を使う分、夢見がち乙女なのだろうか?

 いいや。魔法の限界を知っているからこそ現実的なのだ。


 そう語るのはエイヴァ(28)。成人を迎える18歳で婚約ないし結婚するこの世の中では完全に時の中に置いていかれた女だ。もちろん結婚が全てではないけれど、夫婦生活や子育てに頭を悩ませている周りとは話が合わなくなり、どうしたって取り残されてしまうのである。


「……のかー?」

「何?」


 ガヤガヤうるさい酒場で常温のビールを片手に1週間の仕事終わりを祝している。隣の同期の声さえ拾えず、体ごと耳を近づけてやると同期のリックは声を張った。


「お前は結婚しないのかって!」


 エイヴァはあ〜と嘆息しながらビールを流し込んだ。


「人生に巻き込みたい人ができたらね〜」


 リックは「なんだそれ」とけらけら笑ったので、エイヴァも笑っておいたが本心だった。


 自分のクソみたいな人生に付き合えるだけのクソ野郎なら結婚できるかな、と。しかしただでさえクソ人生なのにさらに苦労をさせられるのは勘弁なので、だらしない男は願い下げだった。遊ぶのは良いが伴侶にするものではない。


 その後もぐだぐだ同じ話をしたり戻ったりして、何の実りもない時間をひとしきり堪能し、ついに飲み会はお開きとなってエイヴァは帰路についた。


 同僚たちと別れ、独りでほとんど明かりのない街を歩く。エイヴァが暮らしている賃貸はここから歩いて20分くらい。魔法を使えば1秒だ。故に独りで大丈夫かという心配の声はない。


 とはいえエイヴァは無駄に魔法を使うのを是としておらず。歩いても20分で帰れるのなら、酔い覚ましにと徒歩を選択する。


 酔っ払った良い気分を堪能するためにも。


 エイヴァはふんふんと鼻歌を歌いながら、夜中の寝静まった街をあっちこっちにふらふらしつつ歩いた。


(あ〜、着いてきてんなぁ)


 背後に気配。おそらく3人。こっちが酔っ払いだからって、消す努力もしていない小物だ。適当な人気のないところに入った途端、襲うつもりなのだろう。


 なんだってこんな行き遅れを狙うかなぁ。エイヴァは己の容姿を振り返る。


 髪は癖の強い深碧。桃色とか金色とかより綺麗な色じゃない。顔は調子の良い日で上の下。悪い時は中の下。たぶん今は中の中だ。体つきもその程度。自信はない。


 まぁ、同意を得ずに襲おうとしている奴らだ。穴があったら入りたいだけだろう。


 まいてやっても良いが、自分がまいたことで他のか弱い乙女が襲われても困る。適当に路地に入って酔い潰れたふりをしてうずくまり、のしてしまおうか。


 エイヴァはそう決めて路地に入り込んだ。


 そうして行き当たりでうずくまり、着いてきていた3人がやって来るのを待った。


 しかし待てど暮らせど気配はやってこない。そればかりか忽然とどこかへ消えている。


(おかしいな。さっきまで気配があったのに)


 あれだけ気配ダダ漏れなら、ターゲットを変えるなどして踵を返したとしても気づくはずなのに。おかしい。


 ふと顔を上げると。


 目の前に端正な顔があった。


「大丈夫ですか? ご気分優れませんか?」


 月明かりに輝く白に近いピンクゴールドの長髪は彼の性格のように真っ直ぐで。優美な顔に似合った物腰柔らかな態度。婦女子に優しく、上司に信頼され部下にも慕われている騎士団長様ではないか。


 ははーん。さては酒場から出たところ、男につけられている女がいて助けに来たってところだな。3人の気配がないのは彼がのしたからだろう。音も気配もなく仕留めるなんて大したもんだ。


「どうも〜騎士団長様。心配には及びませんよぉ。私が望めば1秒で帰れますからね〜」


「貴方が優れた魔術師とは存じていますが。女性の独り歩きは危ないですよ。お家までお送りいたしましょう」


 やだまぁ紳士。確か歳は3つ下で25歳だったか。若いのに大したものだ。結婚とか婚約者とかの噂は聞いたことがないけれど。みんなの知らないところでそういう相手がいてもおかしくない。


 だから2人きりになったところを噂されるのさえ億劫だった。適当にあしらって帰ってもらおう。


「どうもどうも。でも大丈夫です。私、強いので。私のこと、ご存知なんでしょう?」


「……魔塔の第十四指。エイヴァさんとお見受けいたします」


「ご名答! そうなんです。私、王都にいる魔術師の中で十四番目に強いんですよ。騎士様だって倒せちゃいますよぉ」


 とん、と人差し指を心臓の上あたりに刺す。


 油断しすぎ。本当にこのまま心臓止めれちゃうぞ。


「貴方は私を知っているのですか?」


「もちろん。12あるうちの1つ。第6騎士団の若き団長、アンティラス・グレンラグナ様でしょぉ」


「知っていてくださったとは。嬉しいです」


 にこって、なんてあどけない可愛い笑顔。婦人はこの笑顔にころっと転がるんだろう。


「まぁ貴方は有名ですからねぇ。努力が報われてるってことですよ」


 ふぅと息を吐き、どっこいしょと声をあげて立ち上がる。


 そろそろ酔いも覚めるかな。家に帰ったらまずは風呂に入れるかも。


 これ以上の押し問答は面倒なので魔法で部屋までワープすることにする。


 ふわ、と足が浮き上がり、同じく立ち上がっていたアンティラスの目線より高くなった。


「んじゃー騎士様さようなら。騎士様が充分強いってことは知ってますけど。男にも女にも人気あるのはむしろ私より貴方なので。道中、お気をつけくださいね」


「待ってください!」


「わ! ちょっと!」


 腕を掴まれた! ワープ中に掴まれたりなんかしたら……!


ドサッ

「わぁっ!?」

「……ッ」


 失敗するに決まってるでしょ! 玄関前にワープしようと思ったのに! 寝室の、しかもベッドの上に落ちたんだけど! 最悪! 靴でシーツ汚れたかも!


「ちょっと騎士様! 何するんですかっ!」


「すみません……このまま帰せないと思ったら、咄嗟に体が……。お怪我ありませんか?」


 エイヴァはアンティラスの上に乗っている状態だ。どうやら瞬時に庇って下になってくれたらしい。さすがは団長様。それに見上げた騎士道根性だ。何としてでも女を独りにせず、無事に届けたかったらしい。


 はぁとため息を吐くとアンティラスは眉を下げた。


 しおしおの濡れた犬のような顔をしないでくれ。よしよしして元気出させてあげたくなっちゃうでしょ。


「も〜律儀なんだから。私は大丈夫だったのに。余計な世話かけるから、こうやってベッドに連れ込まれちゃうんですよぉ」


 身体を起こし、腹のあたりに体重をかけないよう座って胸板を指先でつついてやる。鍛え抜かれた良い胸筋だ。


「ほら、襲われちゃうって言ったでしょ。食べちゃおっかなぁ……なんちゃって。私は貴方と違っておくる気はありませんから、勝手に帰ってくださいよ」


 冗談はこれくらいにして、エイヴァはよいせとアンティラスの体の上から退こうとした。


 しかし。


「!?」


 気がついたらベッドに寝転がっており、アンティラスに見下ろされていた。


「なっ……んむっ!?」


 文句を言おうとした口が塞がれる。


 ひとしきり柔らかさを堪能した唇が離れると、酒気を帯びた香りがした。


(もしかしてこの人、酔ってる!?)


 アンティラスは乱暴に上半身の服を脱ぎ、再び覆い被さってきた。


 貪るような激しいキス。合間に息を吐くだけでは2人ぶんの熱を逃しきれず。何度も快楽を重ねられて興奮した頭は次第に考えることをやめ。いつのまにか服を脱がされている頃には彼の首に腕を、腰に足を絡めて縋っていた。


(あー……まぁ、いいか)


 イケメンだし。騎士様だし。お金持ちだし。


 鍛えられた身体って、触るの楽しいし。


「エイヴァさん……!」


 名前も呼んでくれるし。


 まぁ、1回くらい、いいかぁ……。

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