隣の奥さん
ちはや
プロローグ
「愛知県に引っ越そうかなぁ。」
「なぜに愛知県…。」
「名古屋市があるから?名古屋市の駅はね、札幌駅と設計者が同じという姉妹駅なんだって。だからかなぁ~。初めて名古屋駅に行ったときものすごく迷子になっちゃって、札幌駅で迷子になった時とデジャブだった。」
「え、それだけ?」
「んー、それにもう山梨に飽きちゃった。」
もちろん子供たちは呆れ顔だ。子供の立場なら『また転校?』と文句も言いたくなるのだろうが、すでにそこはもう『また母の病気が始まった』くらいにしか思わなくなっていた。
「あ、それにね、愛知県の高校はたくさんあるみたいだし、住みやすそう。ね、中学卒業のタイミングで愛知県の高校を受験しよう!」
元々は北海道に住んでいた。前夫と離婚する時に揉めるに揉めて離婚はしたものの、家庭裁判で決められた子供との面会月に一度は守られることはなく、毎週のようにやって来ては『子供が自分に会いたがっているのだから』と執着し、私は会いたくもない前夫に毎週顔を合わさねばならなかった。そして、面会した翌日の子供たちは必ずと言っていいほど体調を崩し熱を出した。翌週の面会を断ると不満げに養育費を出し渋った。
『養育費は子供の面会の時に会って手渡しする』のだと。
(このままではいけない。)
そこで思いついたのが『引っ越し』だった。私は老いていく両親を残し、そこから逃げるように山梨県に引っ越したのだった。
実際、山梨県は東京にも近く遊びに行きやすい場所ではあり6年暮らしたが、軽く学習障害を持っている息子に合う高校は見当たらなかった。普通の高校へ入るのも難しかった。
他県へ受験をするのは、中学校ではあまり協力的ではない。自分で高校の情報を調べてなくてはいけなかった。と、同時に引っ越し先も探さなくてはならなかった。
愛知県教育委員会からは『受験までには住むところを決めておくように』と言われ、なかなか焦るものがあった。住むところが決まって受験が不合格の可能性を考えたが、愛知県の公立には『ひとり親』など条件のある推薦枠があることを知り、推薦で受験することができた。
ところが賃貸は、そう上手くはいかなかった。収入の少ない『母子家庭』で、しかも引っ越すとなると仕事も新しく探さなければならない。つまり、賃貸の審査が通らないのだ。市営住宅の抽選も確立が引く、当たらなかった。事情を話すと、そっぽを向く不動産がほとんどだった。前途多難。仕事が決まらないと住むところが決まらない。住むところが決まらないと仕事が決まらない…。
「うわあああああああああ!頭が禿げそう!!」
ひとりごちる。受験の準備に引っ越しに職探し。
『自分で決めたのだから仕方ないんじゃない』
そう言われればそこまでだ。だがしかし、ここまで住むところが決まらないとは、誰が想像してようか。夏から探し始めたくせに、「来春なら1~2月に」と言われ続け12月から探し始めても「まだちょっと早いですね。」と言われ、結局2月になっても決まらなかったのだ。ただ一件だけ。親切な不動産屋があちこち探し回り、
「この二つの物件なら大丈夫です。先に管理会社にも話をしてあります。ただ、こっちの一件はいまどきのお子さんには不便かなと…。」
確認すると確かに。古い物件で安いのはありがたいが、お風呂が旧式で最近ではあまり見かけないタイプだったのだ。
「そうですね。じゃあ、予算外ではありますがこちらでお願いします。」
期限が迫り、選択肢はもうなかった。物件の内見をしてないことに不安はあったが決めるしかなかった。
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