コロニスといっしょ 第一部 邂逅篇

鐘辺完

第1話 特定外来生物登場

 物語を書いてみたいと思っているのかどうか自分でわからない。

 とりあえず十万文字の小説のようなものを書いてみたいなどと考えはしている。

 昔は短いものはちょくちょく書いていたが最近短いものも書けていない。

 あんまり人と会話することのない生活で自堕落に暮らしている。


 ある夜、コンビニに買い物に行った帰り、うちの家庭菜園を荒らしているアライグマをみつけた。

 現代日本ではすっかり特定外来生物としておなじみのあれである。

 1977年、テレビアニメ『あらいぐまラスカル』で人気が出たアライグマはペットとして輸入され始めた。

 あ、言っておくけどこれは俺の記憶でそうなってるって話であって事実かどうか保証はないからね。

 それ以外の部分でも事実のように言ってることもフィクションなこともあるので『この物語はフィクションであり実在の人物・団体とは一切関係ありません』と思っておいてもらったほうがいい。


 日本でペットとして人気が出たのはいいがこの動物は基本的に人になつかない。そして気性が荒い。アライグマではなくてアライグマではないかと言われるくらいである。

 ちなみに〈ラスカル〉とは「いたずらっこ」みたいな意味もあるが「悪党」とか「人でなし」とかの意味もある。

 ペットとして手にえなくなった人たちが「捨てアライグマ」をした。

 その結果、現在は特定外来生物としておなじみである。その生き物自体に罪はないのだが。


 特定外来生物ラスカルがこっちを向いた。

 野良の動物は人と目が合った瞬間固まるのである。猫がよくそうなるのは見かける。英語でいうフリーズだ。

 アライグマは両手にゴーヤをつかんだ姿勢で私と目が合ったまま2秒くらい静止していた。

「どうも。こんばんは」

 アライグマが言った。



     ※



 そんなわけでうちにアライグマがいる。

「なんちゅうか、わたし。あれ。“転生”ですわ」

 アライグマは関西弁のイントネーションで話す。たぶん俺の大阪弁に割と近いかもしれない。

「生まれ変わり?」

「そうなんですよ。前世人間でその記憶をなんぼか持ったまま生まれ変わったんですわ」

「人間と一緒に階段転げ落ちて人格入れ替わったとかではなくて?」

「古いですな。それは」

「最近の有名なやつは観てないもんで」

 ふとアライグマの魂が入った人間のほうがいたとすると、……いや考えるのはやめよう。

 あ、コーヒー飲む?」

「できたら紅茶いただけますか?」

「いいよ。ティーパックのやつしかないけど」

「いえいえ、色が出てたらいいんで。コーヒーが苦手なもんで」

 電気ケトルに水を入れてスイッチを入れる。

「転生かぁ。そういえば俺も小説を書いて……、書いてたんよ」

「へぇ。……まあ転生なんかフィクションの話ですわねぇ」

「けどきみ。きみって呼ぶのもなんか違うような気はするけど」

「まあなんかペットにでもつけるような名前で呼んでもらえたらいいかと思てます」

「うちに住む?」

「ええ。できたら。行くところがないもんで。図々しいのは百も承知ですけども」

「特定外来生物扱いだから、うちから逃げたら命の保証なくなるよ」

「いや、元々この体になった時点で人生詰んでますから。いや人生でもない。アライグマせい? 転生したらなんかもっとチートでハーレムなんやないんですか」

「俺に言われても。

 まあそんなチート転生系も書きかけて途中で投げ出してるけど」

 湯が沸いたので立つ。

「いやすいません。なんか鬱憤が」

 アライグマは深呼吸する。

 俺はカップにティーパックを入れる。

「あれ? ティーパックで良かったっけ?」

「本格的な紅茶なんてめっそうもない。あの高いところからカップに流し込むあれですね?」

「いやそういう話じゃなくて。ティーパック? ティーバッグ? どっちが正しい?」

「あ。それならティーバッグが厳密には正しいらしいですよ」

「Tバックっていう下着、最近聞かないけどまだあるのかな」

「わたしも最近は聞きませんね。いや、最近? ――というかわたし転生してからの情報があんまりなくて、ここは異世界かもしれません。私は別の世界からここにアライグマの姿で転生したのかもしれませんわ」

「異世界。そうか。割と似た並列世界へ転生してる可能性かぁ。確認してみよ。スマホ知ってる?」

「持ってました」

「ほな……。一万円札」

「福沢諭吉。同じですね。次は渋沢栄一になるっていう」

 それから歴代総理大臣とかタレントとか話題になった事件とか色々話してみた結果。

「つまりきみは元々この世界の人であって割と最近アライグマに転生したんやな」

 アライグマの元の世界が別世界でなかったと判明するまでに俺はミルクティー、アライグマはレモンティーを飲み始めていた。

「うーん。魔法とか超科学とかないんですか。同じ世界なんですか」

 アライグマは両手でカップをつかんでぺろぺろと中のレモンティーをなめている。

「話全部通じてたからね。超科学って、核融合が実用化する見込みが立つだか立たないだかとか、軌道エレベーターが計画だけは立ってるとか」

「知ってます。ギリギリSFの手前な感じ狙ってますね。そうか、わたしはただ前の人生終わってその続きをアライグマでやってるだけなんや」

「まあ、そんながっかりせんと。とりあえずうちにいたら生きてはいけるから。ほら、会話できるアライグマとか他におらんから」

「アライグマとしてはオンリーワンでも、元々人間やったんですよ。ちゃんと人権がある存在やったんですよ。特定外来生物になった段階でランク下がってんですよ」

「うーん。申し訳ない」

 命は平等だ。不公平だが平等だ。アライグマが人間より劣る生物だとは思っていない。ただ人間だったらできたことがアライグマになることになってできなくなったことが多いはずだ。アライグマが人権を持つアライグマ世界に転生していたら彼の生活はもっと可能性があっただろう。

「すいません。また興奮してしまって。私はこの家のペットとしてつつましく生きていくしかないのに」

「まあ、できる限りのことはするよ」

「ご迷惑かけます」

「そんなきみの助けをどれだけできるかわからんけども」

「まあほら、前の人生の後のボーナスステージというかオマケとだと思えば」

 アライグマとなったことを割り切ろうとしている途中なんだろう。


「それで。私の名前どうします?」

「名前ね。暴れ者ラスカルでもなさそうだし」

「まさかあなたに助けられたから〈タスカル〉なんて名前は」

「いや今時あんな昔のアニメキャラのもじりネーミングとか。猫にタマって名付けるより安直で」

「九官鳥にキューちゃんて名前つけるくらい」

「シベリアンハスキーにチョビって名前つけるくらい」

「白い雑種犬に惣一郎さんって」


「人間だったときの名前きいていい?」

 転生した世界の言語を自然に習得しているのが異世界転生ものではよくあるパターンだが、彼の場合知識が完全に現代日本なのだ。どんな名前だったのか興味が沸いた。

「あんまり前世の話したくないんですわ。あと、自分の記憶となるとなぜか思い出そうとするとかすみがかかったみたいになるんですわ。テレビや雑誌やネットで見たことはすっと思い出せるのに」

「転生の後遺症みたいなものかな」

「さあ。なんせ転生するのは生まれて初めてなもんで」

「そりゃそうやね。

 じゃあ元の名前からのネーミングはやめて。どんな名前がいい?」

「そうですねぇ。思いつくものも特になくて。寿限無とか嫌ですよ」

海砂利水魚かいじゃりすいぎょ

「途中で名前変える気ですか?」

「パイポ」

「いやだから寿限無の中から選ばないといけないですか?」

「そうかぁ」

「食う寝るところに住むところを提供していただけるようですけどそう呼ばれるのもできたら避けたいです」

「『クウネル』って雑誌があるらしい」

「だから寿限無にこだわっていくんですか?」

「嫌ならやめるけど」

「うーん。けどなんかノリ的に寿限無から良さそうなの探したくなりました。

 寿限無寿限無五劫のすり切れ海砂利水魚の水行末雲雷末風来末食う寝るところに住むところやぶらこうじのぶらこうじパイポパイポパイポのシューリンガンシューリンガンのグーリンダイグーリンダイのポンポコピーのぽんぽこなーの長久命の長助」

「覚えてるんや」

「一週間前の記憶はあいまいなんですけどね」

「コロニス」

「は?」

「名前、コロニスでどう?」

 『食う寝るところに住コロニスむところ』である。

「半端なとこ切ってきましたね。わかりました。わたしはこれからコロニスてことで。それで私コロニスはあなたをどう呼べばよろしい?」

しゅうって呼んでくれ。優秀・秀才のしゅう。名前負けしてるけど」

「秀さんですね。秀さんがいない間私はこの部屋でおとなしくしてたらいいんですね」

「まあ引きこもりやからあんまり部屋あけへんけどね。引きこもりっていうても別に旅行に行こうと思えば行けるけど働けない。なまけものと言われたら否定できない」

「ナマケモノにアライグマ……。わたしお邪魔になりません? 経済的に?」

「まあ遺産と貯金があるから贅沢と長い入院でもしなければ心配ないよ」

 そう。この経済的な危機がないのが俺をなまけものにしている。いやこれで生きていけるんだから極楽だろう。もっと歳とったら困ることもあるんだろうが。

「遠い目をしてどうしたんですか?」

「いやなんでもない」

 なまけものが事実であってもそんなことで心を病んでもしょうがない。

 けどなぁ。客観的には本当にただのなまけものなんだろうなぁ。『働かざる者食うべからず』って、本当の意味も知らずに『労働力にならない者は飢え死にしろ』って意味だと思ってるようなやつもいるし。まあ直接俺にそれを言うやつはいないけどもね。

「秀さん?」

「あ、はいはい。ごめんごめん。なんか嫌なこと考えてた」

「ひとりで抱え込まずに話してくれたらいいんですよ。言いたくないなら当然言わなくてもいいんですけども」

「うん。ありがとう。まだ付き合い浅いのに」

「いやもう、わたしの命は秀さんに握られてますから」

「俺は別にコロニスの生殺与奪の権利握ってるとか思ってないよ。今後口論するようなことも起こるかもしれないけど、それで追い出すなんか人として許されることじゃない。コロニスはただのアライグマじゃないけど、そうじゃなくても家に受け入れて家族になった生き物を胸先三寸でどうにかしようとかそんな傲慢な人間にはなりたくない」

「ありがとうございます」

「お礼言われることじゃない。自分を律したいだけ」

「秀さんいい人ですね。なまけものかどうかはまだなんともいえませんけども」

「いい人……ね」

 そりゃなまけものを否定する言葉をいわれてもウソ臭いよな。けどそこは『いい人ですね』で終わってくれていいのに。まあコロニスの口調は腹が立ちにくいのでいいけど。

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