――あとがきにかえて(親友へ)――




 長い手紙でごめん。でもこれは、あたしが「あたし」となって遺せる、最初で最後の記録なの。あたしの最高の親友へ。あなたがあたしの親友であることがどれほどあたしの誇りだったか、結局まともに伝える機会はなかったね。


 だけど忘れないで。あなたは死の間際にあたしのことを思っていてはいけない。あなたは、あなたの選んだ、最高の伴侶だとあたしに言ってくれた、彼のことだけで心を満たして逝ってくれなければ、あたしのあなたに対する誇りは半減してしまうわ。いつかも言ったでしょう? 友情よりも恋愛をとれない人を親友にすることは、あたしにはできない。あたしは絶対に恋愛をとるから、友情をとってくれる人とは、申しわけなくてつきあえないのよ。今生であたしにとって最も大切だった友人は貴女だった。あたしは人から触れられることが何より嫌だったから、いつも距離をおいていたけれど、心の底からあたしが選べた友人は貴女だけよ。それをもし誇りに思ってくれたら、うれしいわ。


 古今東西で一番難しい問題――目の前で親友と恋人が、崖から吊り下げられていたら、どちらを先に助けるか? ――を、貴女に提示したとき、貴女がとる一番があたしと同じだと悟れたから、あたしは安心して貴女を親友だと言い切れるの。勿論、あなたの求める倖せと、あたしの求めた倖せとは、全く別種のものだったけれど。


 ミスター・カサブランカとのほんとうの付き合いは、あたしが十二の時からだったわ。あの人は昔からとても孤独だった。あたしはあたしの心の中に聖堂を持っていて、ことあるごとにそこに入り浸っていたけれど、どれ程思っていてもミスター・カサブランカとそのときを共有することはできなかった。


 あたしの心は分裂している。不安定で子どものままで、大人の、世間を渡る振る舞いができなくて、誰にも嫌われることが恐くて、分裂した心で、魂でいなければ、普通のように見せることすら、できないことが情けなくて。


 あたしは、あたしのことをそのままで受けとめてくれる腕が欲しかった。様々な人に否定されることが、何より辛かった。あたしは孤独だった。何かをひとつ知るたびに、まわりからは逸れてゆく。何かをひとつ諦めるたびに、あたしはあたしを生きられなくなった。


 それから、妹が生まれたことで、それまで持っていた、両親の与えうる「全ての愛情」を失った。もしかすると、これが一番大きかったのかもしれない。あたしは必要ではなくなってしまったのだと、そう思ったのかもしれない。


 まさかと思うあたし。


 孤独で何も見えないあたし。


 努力をするあたし。


 自信のないあたし。


 

 じしんのない、あたし。


 

 誰もあたしのことを必要とはしなかった。「あたし」は一番好きな人の、「いちばんすきなひと」にはなれなかった。ただ一人だけでよかった。その人の限界までの感情が欲しかった。


 でも、きっと何より、あたしはあたしを愛してあげたかったのよ。愛してあげられるものになりたかったのよ。だって、先生がいても、あたしの心では満たされなかったのだもの。だから「あたし」になりたかった。


 はじめは持っていたものを、あたしは幼いうちに何度もなくした。そうしてあたしは、自分のなかの聖堂に逃げたのよ。


 あなたの求めた倖せは、パートナーのある倖せ。共に歩める人とあるという、倖せ。


「あたし」の求めた倖せとは、自分が自分であること。分裂した心の統一だったのよ。共にある誰かを望むより、何よりも先ず、あたしはあたしになりたかった。ならなければならなかった。愛よりもまず、自分の心の平穏がほしかったのよ。


 自分で自分を信じて、そして受け入れたかったのよ。


 自分を信じて受け入れられたら、いつか誰かを信じて受け入れられるようになれるかも知れないから。


 どうか、倖せでいてね。




  指輪を返してくれてありがとう。




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