第4話  リーミル 策謀の美少女

 聖都シリャード。年に一度、各国の王は神帝(スーイン)が主催するアトランティス議会に集う。その議会の間、王が住まうための各国の王の館が聖都の中心部に点在している。その一つ、フローイ国王の館の門に明かりが灯った。

王の帰還を察知したフローイ国の執政マッドケウスが、館の門でフローイ国王ボルススを迎えた。

「ご機嫌でお戻りなされましたな」

「話が進展した。リダルは申し出を受けるだろう」

「リダル様は、何か注文でも」

「あとは面会のために良き日取りを決めるのみ」

「我々が決めるのですな」

 王と王が信頼を置く執政の会話だが、腹の探り合いをするような表現になる。分かりやすく言えば、フローイ国がルージ国に何かの申し出をしていて、相手の国王リダルがその申し出を受けそうだ。ただ、申し出を受けるにあたり、何かの条件を突きつけてきたかという事である。

 ボルススは執務室に足を運びつつ言った。

「ふん、分かりきったことを。我が進むべき道が、我らが館以外にあるものか」

 フローイ国が進むべき方向は、議会でも相手国の意図でもなく、この館の中で張り巡らされる策謀のみで決まるというのである。

 本人たちに悪気はないが、この人物たちが腹を探り合うような言葉を交わすと、陰謀じみた雰囲気が漂う。質朴な頑強さに、あっけらかんとした明るさを持った陰謀が織り込まれて生きていると表現すれば、フローイ国の人々の気質が分かるだろうか。

 神帝(スーイン)の諮問機関たる六神司院(ロゲルスリン)の神託によって始まるアトランティス議会が、既に3日目を迎えている。議会とはいえ国家間の紛争を調停するのみで、各国の内政に踏み込めるものではない。荒っぽく言えば、各国が勝手気ままな主張をする雑談の場である。有意義な結論が出るわけがない。ただ、宗教的な支柱としてアトランティナ(アトランティス人)をまとめる唯一の拠り所であるに違いない。

 しかし、蛮族との講和以来、その精神の拠り所も蛮族に占拠されている。占領軍の主力をなすアテナイ軍は僅か二千の兵士で、聖域シリャードを人質にしてアトランティスの内政に食い込んで治めているのである。蛮族が社会を乱しているという向きもあるがボルススはそう考えては居ない。もし、シリャードを占拠するアテナイという軍がなければどうだろう。神帝には実質的な政治をとりまとめる権力はなく、アトランティス各国は再び分裂して争うことになるだろう。

 アテナイという軍はアトランティナの敵愾心を煽り、アテナイに向ける共通の憎しみによってアトランティス各国がまとまっている。そういう効用を認めていた。


「リーミルさま、困ります」

 侍女のやや甲高い声音の叫びで、ボルススは母国から呼び寄せた孫娘の来訪を知った。

「いいのよ。人に変わりがあるものですか」

 そう言ったリーミルの言葉に、フローイ国の人々の内情が窺い知れる。彼女が生まれ育ったフローイ国は、絢爛たる文化と学術の中心地シュレーブ国の南西に隣接してはいる。しかし、その境界には深い山岳地帯があり、南西に向かう街道はそこで溶けて消えるように潰え、文化や人の気質が異なる。

 フローイにおいて、孫娘が祖父に会うというのに、シュレーブ国のように謁見を求め場所を選んで会うという習慣は無い。用があれば執務室であろうとどこへなりと顔を出す。良く言えば気さくだが、シュレーブの人々から観れば礼儀知らずの田舎物に違いない。

 ただ、聖都シリャードにやってくると、フローイの人々も世間体を取り繕って、シュレーブのごとく堅苦しい礼儀作法が要求される。侍女は皇女にそんな作法を求め、皇女はそれを拒絶してフローイ風に振る舞うと宣言したのである。

「嵐を司る悪神バウルも、そなたの行く手を遮ることは出来まい」

 ボルススは笑いながら孫娘を評した。

「おじい様も、お元気ね」

 フローイ国王ボルスは孫娘に首を抱かれつつ、側近に手を振って席払いをせよと命じた。

信頼できる部下たちだが、孫娘との会話ではこの孫娘のペースになる。自然に本音が出、聞かれたくは無い種類のことだった。

「お前も、変わりがないな」

 祖父の言葉を聞き流しつつ、リーミルは無邪気に笑って、傍らの葡萄をつまんで口に運びながら尋ねた。

「グライスの花嫁に続いて、今度は、姉の私にも婿を探してくれたというわけかしら」

 リーミルの言葉もフローイ流に染まっていて言葉の裏がある。弟のグライスを政略結婚の駒として使った後、今度は私を二手目の駒として動かすつもりかと語っている。

 ボルススから見て孫娘の笑顔は作り物ではない、しかし、祖父の真意を伺う好奇心じみたものがある。

(もしも、これが男であったら……)

 ボルスは今までに何回繰り返し考えたかわからぬことを思った。勘のいい孫娘に舌を巻いたのである。王女リーミルをルージ国に輿入れさせて、陸軍と海軍とを誇る両国の関係を強化すれば、アトランティスに覇を唱えることが出来るだろう。

 この孫は、自分が聖都(シリャード)に召しだされたそんな理由に気付いて、祖父に探りを入れているのである。並みの人間なら小賢しいと腹立たしい思いもするのだろうが、孫娘への愛情がその腹立たしさを打ち消した。

そして、唐突な孫娘の質問に、ボルススは本音を答えねばならない。

「ルージにアトラスという王子がいる。どうだ?」と率直に言った。

 リーミルはまだ出会ったことも無い人物に眉をひそめて質問を重ねた。

「セキキ・ルシルですって? おじい様は、私に生魚を食えと?」

 その明快な物言いに、ボルスは苦笑した。

“セキキ・ルシル”生魚を喰らう者という意味がある。ルージの人々に対する蔑称である。

ルージは島国であって新鮮な魚介類に不自由しない。新鮮で、火を通さない生の魚の切り身に酢や油で和えた調理方法が存在する。その料理はマリネを想像すれば近い。野蛮だという食べ方ではないが、アトランティナに共通する食習慣ではない。

 ボルスは孫娘を説得するように短く言った。

「まあ、考えてみよ」

「ふぅーん」

 リーミルは興味なさげに、明確な回答を避けて身を翻し、執務室から姿を消した。

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