第12話 ヨネ

 重機の崩落に巻き込まれて右足を失った私は、何の因果か今、ガテン系の事務員のバイトに応募して、詰所で面接を受けている。対面の事務員は私の差し出した履歴書をざっと目で追って、次にしげしげと私の右足を見る。

 …右足があった場所に据えられた高性能義肢「ギアーズ」を。


 不躾な視線をいただくことにもある程度慣れた。が、毎度のように居心地の悪さを感じるのは相変わらずだ。

 会社のユニフォームであるらしい作業衣を着込んだ壮年の事務員は、ふっと何のものともつかぬ息を吐き出してから、私に問う。


「失礼ながら“それ“は君にとって、忘れたい負の象徴ではないかと思うのですが」


 それは実際そうだ。私自身、右足を失った事故からきっちり一年間は、どうしても気持ちを立て直せなかった。どうして私が。ここまでの待遇を受けるほど、悪いことなどした覚えもないのに。なぜ。

 そんな言葉が一日中ぐるぐる頭を回った。


 おかげで不眠に足を突っ込み、昼夜を徹して暗い部屋で自分の不始末を咎め続けた。


 ーーあの時あの道を通らなければ。あの日、もっと早く起きていれば。電車がもう少し混んでいたら一本遅い列車で現地に着いて、あの事故は起きなかったかもしれない。


 ありもしない“もしも“を煮詰め続け、私はガリガリと精神を消耗させていった。

 そんな折、メーリングリストのちょこんと端に乗った企業広告に、目が吸い寄せられたのである。


 それが、大袈裟じゃなく私の人生の転機となる「ギア・コーポレーション」との出会いだった。


「確かに、忘れたかった。ずっと、どうすれば忘れられるのか、無かったことにできるのか考え続けていました。でも、忘れられっこないじゃないですか。どんなに遠ざけようとしても、あの事故の記憶は私の右足としてそこにずっとある。だったら向き合って生きようって決めたんです」


 今の素直な気持ちだった。

 面接官はかすかにたじろぐ。と、次にはニッと笑って、手を差し出した。


「そういうことでしたら。我が社は君を歓迎します。君が立ち上がる一助になれれば、私も嬉しいですよ」


 そうして老獪な含みを持った笑みを浮かべて私の手を強く握るのである。


「最も、我が社はいうほど大した規模の会社じゃありませんがね」

「…よろしくお願いします」


 はにかんだ私の顔を相変わらず無遠慮にまじまじと見て、その事務員ーー後から知ったことだが、この建築グループを束ねる社長だったらしいーーは、ニコニコとしわの多い顔で笑った。



 まあそれからが大変だったわけである。二十二世紀後半にはこの国も人民の情報の多くを電子データで管理するようになっており、しかも正確性を期すために非常に精緻な、事細かな要件をいちいち報告する義務があったから、その手続きに一週間は追われた。

 区役所のオフィシャルサイトで登録作業をこなす最中、そのサイトの担当にも、リアルの友人家族からも「やめといた方がいいんじゃない?」という無言の圧をかけられた。


 無理もない。

 私は昔から人や環境に流されるタチだった。

 小中高と全く何も考えず、ただただ地元の公立校をエスカレーター式に登って行っただけだったし、大学も志望学部を当時はやっていたAIによる自己診断から割り出して、もう特に考えることもなく一手で決めた。大学在学中に海外留学の話が持ち上がったりもしたのだが、友人たちに「しんどいと思うよ」と言われ、一もニもなく諦めたのである。

 そんな私が今になって行動力を発揮しているのだから、驚かれるわけだ。



「ほんと、ヨネはなんだか変わったよね」


 その日、大学の学友と喫茶店でカフェモカを啜りつつ、そんな話をした。


「急に目に光が宿っちゃってさ。こう言っちゃ何だけど、事故のおかげ?」

「うーん、まだそういうふうにはとても思えない」


 飲み物にザラザラと砂糖を入れてかき回しながら、友人の前、思索に耽る。


「でも、ギア社の社長さんがね」

「あ、その義足…ギアーズっていうんだっけ、の販売元だよね?」

「そう。手術の日に同意書に記帳するためだけにわざわざ私の病室に来てくれたんだ」


 まったりと甘くなったそのカフェモカを、一気に飲み干す。



「彼が言ったの。世界の全てには意味がある、って。だから私の右足がこうなったことも、これから得るものも失うものも全部、怖がることはないんだって」

「へえ…なんだか宗教っぽい。けど、」


 同じようにカフェモカをくいっと煽ると、友人は歯を見せて笑うのだった。


「でも、今のヨネ、いいよ。いい感じ」


 そうして翌日から、バイトが始まった。

 大学の講義の空きコマにシフトを入れているだけだから、実質暇が潰せて助かっている。


 今日も、事務室とオンラインで繋がりながら、入力や経理の作業をこなしていく。あの事故が起きる一年前まで、自分が社会に出て働く姿など全くイメージできていなかった。

 それでもやってみると存外馴染むものである。


「全てに意味がある、か」

『ん? ヨネさん、何か言いましたか?』

「あ、いえ、独り言です」


 カメラ映像の中で、耳ざとい社長がニッと微笑むのであった。

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