第10話 エムウ
「では、今日のミーティングを始めます。各分隊長はそれぞれの索敵結果を」
軍議を取り仕切るMWさんの横顔を、見つめる。と言っても、会議中に意中の異性に熱視線を送るわけにもいかないから、不自然でない程度に周囲を見回しながらちらちらと、だ。
それでもMWさんの端正な横顔が目の端によぎる度に、鳥肌が立った。
MWさんはギア社が組織した傭兵集団GWの一隊を率いる若き将だ。僕も含め男性女性共にファンが多く、度々ネットにプロモーションが流れる事を受けファンクラブまで創設されたらしい。
本人は「軍人にアイドルのような真似は不要だと思うんですが…」などと度々渋い顔をしていたが、そうしたストイックさにむしろ人気が集まっていた。
分隊長からの報告を受けて数秒思案した様子のMWさんは、資料をとんとんとまとめると柔らかく微笑んだ。
「各位、今日もありがとうございます。次の進行までは各自休養を取るよう、隊員に伝えて下さい。皆さんもゆっくりしてくださいね」
「珈琲入れました。砂糖なし、ミルクたっぷりです」
すかさずカップを差し出す僕に微笑んでくれる。ああ、ずっとこの人の隣に…。
僕がMWさんの傭兵部隊に志願したのは、ギア社の募集に乗っかってほぼほぼバイト気分で傭兵になった流れだった。
小さい頃からなんでもある程度人並み以上にこなせてしまう人間だった。特に努力しなくても成果を出せたし、人生にやり甲斐もなく、かといってそんな風の僕に本物の信頼を向けてくれる相手もなく、誇りもなく自ら選んですらいない仕事をダラダラとこなす毎日に、ほとほと飽いていた。
そんな時にネットのバナー広告で、ギア社の傭兵募集の広告を見つけた。
この会社の責任者は随分頭のネジが飛んだ人間らしい、ネット広告で戦争の兵隊を募集するなんてな、などと思ったものの、その物珍しさが手伝って、とんとんと書類審査を経て入隊試験に臨んだ。
思えばこういう馬鹿を釣るためにわざわざネットに告知を出しているんだろう。
しかして僕の常というやつで、適性審査も上々の成績でパスしてしまい、最初からAからEまである隊の内、比較的エリートが集うB隊に配属されてしまった。
正直、この時点では僕に、人の命を奪う覚悟など微塵もなかったし、まして自分の命が矢面にさらされる実感などなかったのだが、まあかくして初の戦場に出向いたのである。
結果から言えば、戦場というやつはまさしく僕の為にある仕事場だった。
入隊を経て支給された戦闘型ギアーズを適当に振り回すだけで、ばたばたと敵が肉塊に変わっていく。それでいて相手も必死だから、僕自身無傷で済むはずがなく、初陣では右足を失った他、借り物のギアーズにも右足以外の体の部位にも深い傷を無数に頂いた。
だけれど、それが良かった。
僕にとっては蒙昧な己の生を心から実感した、初めてでおそらく唯一の機会だったのだ。
それからは、危ない戦い方をして上官に注意されるほどに、戦場にのめり込んでいった。血しぶきを上げながら進軍する事こそが自らの存在意義であるのだと、特に疑いもせず信じるようになった。
「狂犬」の二つ名で呼ばれるようになったのは入隊後三年を数えたあたりからだったが、その頃にはもう、僕の体には傷の無い部位が存在しないほど無数の戦の勲章が跡を残し、そして僕は、命を奪う事でしか快楽を感じられないようになっていた。
「待ちなさい、その戦い方、よくないですね」
ある時、戦場で一緒になったAチームの分隊長に声をかけられた。それがMWさんだった。
Aチームと言えば、傭兵集団GWの中でも屈指のエリート部隊である。訓練校を優秀な成績で卒業したような連中が何百人も名を連ねた、その頃世界でも脅威と見られるようになった殺戮集団だった。
それを面白く思っていなかった僕は、片手にしていたブレードを戯れにMWさんに向ける。
「うるさいな。僕の戦場だ。僕がルールだ。あんたが誰か知らないが…」
「MWと言います。戦いの最中に講釈を垂れるのもなんですが、敵も生きています。命を奪う相手に敬意を払いなさい」
「んだと…」
口論をしながらも、MWさんは長距離狙撃用のギアーズで淡々と戦場を平らにしていく。
…敬意。敬意か。僕よりも劣る、ゆえに命を奪われるだけの弱者に、敬意など。
「他人を認められない人間はどこまで行っても半人前です。それが証拠に、見なさい。あなたの周りに同じ部隊の人間は私しかいません。誰もあなたを信頼していないからです」
「…」
「近々私はAチームの隊長になります。…私の隊に来なさい。鍛え直してあげます」
「…おもしろいな、あんた。やってみなよ」
そんなこんながあって僕は、正式にAチームに配属されてMWさんの片腕と呼ばれるようにまでなった。
結局、あの時から僕はMWさんの美しさに魅入られていたのだと思う。狂犬も丸くなったもんだ、なんて口々に周囲から言われたが、彼らにすら愛おしさを感じるようになった。
MWさんは、僕に愛を教えてくれたのだ。
だから、僕は彼女の為に消耗する。
やがて戦場の幕が上がり、指揮に立ったMWさんは全軍の真ん前で武器を構える。僕もギアーズを携えてそれに倣った。
今日も、敬意をもって、殺そう。
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