第63話 終結

 半年が経過した。長い仕事が終わり、ついにこの会社を去ることになった。

 この間に作ったのはエアコンが1機種。プラズマディスプレイが5機種(毎回マイコン種を変えるんじゃねえよ! ハード部隊)。液晶プロジェクター1機種。後は半端仕事だ。



 珍しくも昼ギツネ課長がイエスマンMと派遣の女の子を連れて、焼き肉を奢ってくれることになった。これには昼ギツネ課長の下心があったのだがそれはまた後で判明する。


 席についてすぐに、イエスマンMと昼ギツネ課長は派遣の女の子にHな質問をし始めた。

 ヤプーかお前ら。

 何をやらかすかと思ったらゲスどもめ。

 思わず冷たい目で見てしまう。

 焼肉をひっくり返して暴れるべきだったのか?


 今から思えば彼らは私も同じ目で見ていたのだろう。

 私が派遣社員の中で女の子だけ合格の印をつけていたからだ。それをセクハラ目的で選んだと思っていたのだろう。

 カニは自分の甲羅に似せて穴を掘るというヤツだ。

 きっと私の心の中はこのゲスどもには理解できないだろうなあ。



 そしてまたもや会社を辞める羽目になった。これでもう4つの会社を経由したことになる。

 ここに骨を埋めようと思ったのに。

 安定した仕事を得て、可愛い女房を貰って、子供の笑い顔を見ながら、幸せな家庭を築こうと思っていたのに。どうしてこうなるのだろう。行く先々でロクデもないヤツに張り付かれる。

 気づけば仕事に追われていたために、女房どころか恋人も無く。一人ぼっちで路頭に迷っている。


 ど頭の悪い研究所の所長が、それでも人の上で威張り散らしたいという虚栄心を抑えられないがために、私は会社を辞める羽目になったのだ。

 降りかかって来る火の粉を部下を盾にして避けてきた課長のために、私は会社を辞める羽目になったのだ。

 周囲の有象無象の言うことを真に受けて、本人に一言でも真相を聞いてみるという当たり前のこともしなかったS部長のために、私は会社を辞める羽目になったのだ。

 自分はここの長だからと叫べば問題はすべて解決するとお気軽に考える事業部長のために、私は会社を辞める羽目になったのだ。

 給料を貰っているのだからその分仕事をするという当然のことをやらないタカリ屋社員たちのために、私は会社を辞める羽目になったのだ。


 そして・・


 言い訳ばかりをして上司に媚を売り、その代わりに下の者を虐げるという、ごく普通の会社員がやるごく普通のことをしなかったために、私は会社を辞める羽目になったのだ。

 これが日本のどこでも見られる現状だとすれば、自殺者が減らないのも頷けるというものである。



 その後・・


 Tちゃんはリストラされて、トラックの運転手になった。頭脳労働がまったくできない彼にはその方が良かっただろう。


 T氏は一度リストラ予備軍部門に移されて、謎の復活を遂げ、前述のようにおぶさりてぇとして頑張っている。実に惨いことだ。

 退社によりこの人との縁が切れたのは喜ばしいことだが、実はまだまだ続くのである。


 M部長はその後も活躍して定年を迎えた。定年時に会社から継続雇用の打診を受けたと聞く。年金を貰えるだろうから給料は今までの三割でいいだろうと言われて、その場で辞めて、自分で会社を立ち上げた。

 日本の会社は大した給料を払わない癖にとことん社員を舐めている。


 ウチのグループにぶら下がっていたサボリーマンたちは私が辞める前に辞めた。今まであった大きな傘が無くなることを知り、沈みかけた船から一斉に逃げ出したのだ。

 仕事なんかできないだろうにと冷たい目で見ていたが、当時技術商社としてスタートしようとしていたYという会社にコネ入社で移籍した。

 二年後にこの会社は技術商社となることの難しさを知って、ただの商社への転換を図る。以降は名前すら聞かない。


 イエスマンMは何かあったらすぐ会社を辞めて逃げるという普段からの言葉通りに会社を辞めて逃げた。

 彼が会社に居た間にやったことは百回に及ぶ自分のPCへのウィンドウズのインストール作業だけであった。


 ウチのグループの使える人間たちは私が辞めた後に続々と辞めてしまい、ついには課員がアプリ担当の一人だけになってしまった。皆元気に新天地へ旅立ってしまったわけだ。

 研究所長の無意味な干渉を止めるという当たり前の要求一つ叶えることもなく、H氏や私のような技術者が辞めさせられるのを見ればこの会社に居ても未来はないと感じたのだろう。


 今や課員一人となってしまった昼ギツネ課長もやがてこの会社を辞めることになった。

 新しいソフト屋も雇われたようだが、所詮は無理だ。私は30人前働いていたのだ。その代わりを普通の人間が務めることができるとは思えない。

 一応、600ページの設計書を書いて置いては来たが、それでどうなるものでもない。

 何よりH氏がいなくては研究所の出すチップの動かし方が分からない。もちろん、研究所長の前に行き、土下座をすれば別かもしれないが。


 これから先この会社のプラズマディスプレイはどうなるだろうかと意地悪く期待していたが、一年も経たぬうちに部門そのものが消えた。

 液晶ディスプレイが大型化し高輝度製品が出て来たため、プラズマディスプレイという電力を馬鹿食いする製品自体のメリットが消滅したためである。

 部門のすべてはエアコン部門へと吸収された。

 独裁者と呼ばれるT部長のいる部門にだ。エアコン部門は会社一番の稼ぎ頭なので、T部長の権限は他の事業部よりは遥かに大きい。

 それから社内でどんなドラマが展開されたのかは私は知らない。

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