第53話 デキナイ課長 汚名を挽回す・・

 年も暮れ、最後の出勤日と相成った。今日一日をしのげば一週間の正月休みに入る。

 最後の日は業務は午後三時で終了する。課長や部長たちは自分たちだけで会社で酒盛りを始め、夜になるまで宴会を続ける。

 働かない人間はそれでいい。だが、各部門のリーダークラスは違う。夜遅くまでぎりぎりの作業を続け、何とか今年の仕事のけじめをつけようとする。


 仕事の片がつかないまま、まあ残りは来年の正月明けにしようと軽い気持ちで帰ったりすると後が大変だ。正月明け早々に課長が会議を開き、こういうからだ。

「どういうことだ? 一週間前に頼んだ仕事がまだできていないのか?」

 その一週間は本来は休みのはずの一週間だ。仕事のための一週間ではない。だがそれでも小学生でも判るこの理屈が、立派な大人であるはずの課長部長には通用しない。会社組織の中枢にどっぷりと浸ると、知能は速やかに蒸発する。

 だからリーダークラスの人間は最後の一日を必死で仕事する。今日中に片付かなければ大事な正月休みが休日出勤と相成ってしまう。


 自分も例外ではなかった。あれを片付け、これを片付け、それをやり、これもやり。ええと、後忘れているものはないか。

 目の回るような忙しさの中、デキナイ課長が実験室にやってきた。

「あのね。リーダーの方は昼食後に事務所の会議机に集まってください」

 このクソがつくほど忙しい最中に一体何の用だ!

 ・・・いや、汚い言葉はやめよう・・・

 この血反吐を吐きそうな忙しい最中に今度はどんなくだらない用を思いついたんです? デキナイ課長さん。

 そんな思いを口にすることはなく大人しく了承する。ああ、気の弱い私の性格。嫌になる。


 昼飯はいつものようにウドンかカレーだ。私の体の30%はウドンとカレーで出来ている。それが終わると、大人しく会議場所の机の前に座る。他にも数人ぱらぱらと各部門のリーダークラスが並んでいる。

 時間だけがほこほこと過ぎて行く。三十分も経ってからようやくデキナイ課長が現れた。

「課長。会議はいつ始まるんですか?」

 当然の質問が飛ぶ。

「もうちょっと待って。まだ全員集まっていないから」

 冗談じゃない。こうして失う時間はすべて深夜残業で補うしかない。つまりここで無為に過ごした時間の分だけ、帰宅する時間が遅れることになる。

 イラつきながらも、それでも静かに待つ。ときおりデキナイ課長がリーダーの一人を捕まえて現れる。

「デキナイ課長。一体用事は何です。私ら忙しいんですが」とリーダーの一人。

「うん、もうちょっと待ってて。やはりみんなが集まってからでないとね」

 そう言い残して次のリーダーを探しに行く。その間に、業を煮やしたリーダーが一人また一人と席を外して仕事に戻る。

 デキナイ課長が戻る。新しいリーダーが加わる。古いリーダーが消える。

 絵に描いたようなイタチごっこだ。

 時間だけが無駄に過ぎていく。一時間。そしてさらに三十分。

 胸の中で静かに燃える怒りを抑えて、それでも真面目に待つ自分を忍耐強いなとは思った。どうしてこれで私が扱いにくい男だなどと上司は思うのだろう?

 苦闘二時間の末に、ようやく総てのリーダーが揃った。

 各部のリーダーを集めるという大仕事をやり遂げて顔を紅潮させたデキナイ課長が高らかに宣言した。

「では、本日の大掃除のことですが!」

 そこにいた全員の目が点になった。

「三時から始めたいと思います」

 馬鹿野郎。もう三時は越えているわ。それよりも何よりも、それがリーダー集めて発表するようなことかあああああああ!


 幾ら後悔しようが、失われた時間は戻らない。今日は深夜残業だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る