第35話 間抜けの心得
隣の課の課長に呼ばれた。
「この仕事をやって欲しいんだけど」
昼ギツネ課長の顔は見えない。
別の課の課長が直接仕事を依頼するなどということは会社としては異常なのだ。もしそうするなら当然直属の上司からの指示が出る。
つまりこれはどう考えても正常な仕事の依頼経路ではないことになる。もしやまたT氏が要らぬことをしたのではないか。
あいつに頼めば俺の顔でちょろっとやってくれます、などと言って。
とりあえず仕事の内容を見てみる。
工期は三週間。アホか。
クソ忙しい中、休日一つ取れないのにこんな余分な仕事ができるか。
それにどう見ても内容的に二カ月はかかる。どうもここの管理職たちは工程管理がまったくできていない。仕事の内容の重さがまったく想像できていないのだ。
無理だと伝えると、困った顔をした課長が提案する。
「じゃあ一週間後にもう一度会議を」
「何を考えているんだ。あんたは!」
思わず大声になってしまった。
「三週間しかなくて無理だというのにまた一週間後だと?
それじゃ残りは二週間だろ。できるものもできなくなるだろが。今やるかやらぬか決めろ!」
周囲の人間がみんなこっちを見ている。私が怒鳴っているのが余程珍しかったのだろう。
もっとも大声ぐらいは私が怒っている内には入らないのだが。よく勘違いされるのだが私が本気で怒ったのは人生でただの一度しかない。
周囲からの注目。こっそり仕事を押しつけようとした課長にはこれは大変に不味い。
何かを呟きながら姿を消した。
初めて地獄を一つ躱すことができた。
やはり人生に大事なのは演技力だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます