第10話後宮8

 平穏無事な日々、とは言い難い。

 妃というのは余程ヒマらしい。


 無視していたかと思えば、次は嫌がらせの品々が届く。


 ある時は動物の死骸。

 ある時は腐った食べ物。

 ある時は虫の死骸。

 ある時は毒入りワイン。


 このような嫌がらせが頻繁にあるわけではなく、週に一度ほどの頻度で届くので離宮に勤める侍女たちは神経をすり減らしていた。

 それというのも、私が危機感を抱いて捨てるように命じた高級菓子を下女たちが盗み食いをして生死の境を彷徨ったためだろう。


 ……まったく、だから「捨てろ」と命令したというのに。


 その下女たちの数名は命を落とした。

 運よく一命を取り留めた者達にもまた、重い後遺症が残っている。


 両足が動かない者、話せなくなった者、耳が不自由になった者。


 贈られてきた菓子が原因なのは明らかだ。


 毒入り菓子を贈ってきた妃は、処罰を受ける前に自害した。


 妃は下級妃の一人。

 連帯責任で、その妃の屋敷の女主である中級妃は三ヶ月の謹慎を言い渡された。監督不行き届きのため。

 なんとも甘い処罰だと笑ってしまう。


 本当に下級妃一人の罪だと?

 中級妃が知らなかったと?


 トカゲの尻尾切りをしたのは一体誰だったのか。


 陛下は知っているのだろうか。

 謹慎を命じた中級妃がローズ妃の取り巻きだということを。

 王宮のパーティーに参加した時に見掛けた中級妃は申し訳なさそうな表情で私を見ていた。


 ローズが特に気に入っている取り巻きは二人。中級妃と下級妃。いつも傍に置いているらしい。


 中級妃は、ギーゼン・アクソマ辺境伯令嬢。

 下級妃は、マージ・ダーマリン子爵令嬢。


 ローズ妃の後ろで申し訳なさそうに困ったような顔するギーゼン妃。更にその後ろでビクビクしているマージ妃。


 なんとも奇妙な関係だ。


 人の良さそうなギーゼン妃は、なにかとローズ妃を諭している時がある。

 あのローズ相手に大したものだと思う。ローズ妃は基本人の話を聞かない。聞いていても理解していない。

 ギーゼン妃はローズ妃にも意見ができる数少ない人だ。

 ただし、それが実を結んでいるかと聞かれれば疑問が残る。

 優しく注意するだけでは意味がない。もっと強く言えばいいのに、と思わなくもないが。無理だろうな。ギーゼン妃はローズ妃に嫌われたくないのだろう。敵に回したくない。敵対したくない。そんなところが透けて見える。

 だから行動を起こさない。


 毒入り菓子の件もそう。

 粛々と謹慎処分を受け、一見割を食っているようにみえる。

 そう見えるだけだ。

 謹慎処分を終えたあとは今まで通り。


 毒入り菓子を贈っていた下級妃は死に、その一族は爵位と財産を没収された。ギーゼン妃は変わらずローズ妃の傍にいる。


 自分への被害は最小限に留めている。

 保身と打算。

 実に貴族らしい振る舞いだ。

 ギーゼン妃はローズ妃を止めない。止めるつもりはないようだ。……まあ、それが一番賢い対応なのかもしれないけれど。


「どうしたものかしら……」


 そう呟いても返事はない。私の周りには誰もいないのだから当たり前だけど。




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