第28話 全てを失う大臣


 松本大臣は脂汗を流していた。

 不祥事を起こした上流階級の人間の行き着く先が死であるということを認識しているからだ。


「松本防衛大臣、切腹せよ」


 松本の予想通り、額に青筋を浮かべた真田総理から脇差が投げられた。

 真田の要求は比喩でも脅しではない。

 旧態依然としている上級国民の世界では未だに切腹文化が残っているのである。

 翌朝のニュースで切腹した自分が首吊り自殺として報道される様子が松本の脳内に鮮明に浮かび、手が震える。


「早く腹を切らぬか。介錯する準備はもうすでにできているぞ」


 真田は腰に帯刀した真剣の鯉口を抜き、松本に催促する。

 内閣所属の上級国民にのみ許された帯刀が。

 真田が居合道の上級国民にのみに与えられる最高称号──上級範士を持っているという事実が。

 現在彼を追い詰めていた。


「こんなはずでは! こんな! お兄ちゃんなどというふざけた名前の奴に! クソおおお!」


 身に迫る危機から現実逃避するように自分をこの最悪に陥れた元凶に怨嗟を唱える。


「上級国民が切腹前に発狂とは。死ぬ直前まで愚劣とはな。もはや切り捨てるほかあるまい」


 真田は松本を罵倒すると、居合を放つ。


「うわあああああああ!」


 松本は真田の殺気に晒され、腰砕けになったことで奇跡的に必死の刃を逃れると四つん這いになりながら、その場から逃げていく。


「逃げるな」


「ああああ!」


 それを逃すはずもなく、松本は真田に背中を斬りつけられ地面に這いつくばる。

 足止めのために咄嗟に切りつけただけだったため未だ松本の命は絶えてはいないが、もはや一刀の元に松本が絶命することは必定だった。


「おや! おや! これはあ!? 何事ですかなあ?」


 真田が止めの一太刀を繰り出そうと振りかぶると、いつもの慎み深い態度とはまるで真反対のわざとらしい驕り高ぶったようなリアクションをしながらメサイヤの社長である山崎が人払いのされた幹部部屋に入ってきた。


「山崎君。要件はこのゴミを始末してから聞こう。そこでしばし待ちなさい」


「おお! 総理お待ちを! この価値のなくなったゴミでも私にはまだ使える価値のあるものです! 是非ともお譲り願いたい!」


「ほう。これが使えるとな。こんな愚物がかね。もはやこの男からは権力も金も取り上げられることが決定している。それでもこれが必要だと」


「必要ですな!」


「ふむ。そこまで言うのならば君にこれをやろう。もはや人権もないも同然の人間だ。好きにするがいい。だがもちろん見返りはわかっているだろうな?」


「はい! わかっていますとも私どもの全グループで総理を支援させていきたいと思います!」


 どういう吹き回しか、確執のある松本を身受けする約束を真田と山崎はすると、右手を松本の傷口に突っ込んで持ち上げる。


「ギャアアアああああ!」


「いひ! いひひひひひ! 松本大臣! いきましょうぞ! してもらわねばならないことがありますので!」


 松本が激痛に絶叫を挙げると山崎は怪物めいた哄笑をあげて、彼を連れていた。


ーーー


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