事故物件

遠藤

第1話

「なまら厳しいわ」


不動産屋から出ると、焼けてしまいそうな日差しの眩しさに目を細めつつ、どうしたらいいかわからなくなり、渋谷の街に立ち尽くした。

しばらくすると、暑さに耐えきれず、日陰を求め移動することにした。


都会に住むと決心して、北海道の田舎から昨日やってきた寿金太郎は、

住む場所を決めるべく、あてもないなか、渋谷の不動産屋に飛び込んだのだった。


ー渋谷もしくは原宿徒歩圏で家賃3万円ー


が、どうしても譲れない条件だった。

都会に来たなら、テレビで聞いたことがある地名に住むべきと、断固決意し渋谷と原宿にこだわった。

さらに質の悪いことに、北海道の家賃相場にもこだわっていた。


一件目の不動産屋は鼻で笑われ、今行ってきた二件目の不動産屋は親身そうな顔して、話しを聞きながらも迷惑さが所々に感じられ、最終的には「あったら連絡します」と追い出された。


もう諦めようかと思ったが、最後にもう一件だけ行ってみようと、辺りを見渡しながら歩いていると、派手な不動産屋の看板が目に入った。


近づいてよく見てみると、強烈なうたい文句が並ぶ。


「保証人不要」

「礼金0・敷金0」

「水商売・無職大歓迎」

「今日から入れる部屋あり!!」


これはやばいところだと、本能が言っている。

絶対入ってはいけないと。

ただ、こういった胡散臭い不動産屋を避けるように選んだ固そうな不動産屋が、2件ともダメだった。


案外、毛嫌いしているだけで、都会ではこういった不動産屋のほうが、主流なのかもしれない。

こんな、一等地渋谷にある不動産屋なんだから。

よくよく看板を見れば、渋谷駅徒歩5分ワンルームマンション4万円とか、渋谷駅徒歩10分1Kアパート2万円とか、魅力的な物件が並んでいる。


どうせ、ダメでもともと、ここでダメなら諦めようと雑居ビルに入った。

エレベーターで4階に向かう。

向かいながらも臆病風に吹かれた金太郎は、やっぱり止めたほうがいいかな、という思いが募ってきた。

4階に着いたら引き返そうと決意したが、エレベーターの扉が開くとすぐに入り口で、しかも内扉が開いており、即、声をかけられて引き返す力を失ってしまった。


「いらっしゃいませー」


とまどっている金太郎を席に案内したのは、顔が真っ黒に焼けた、ガングロ兄ちゃんだった。


「どうぞ」


(・・・)

絶対やばい不動産屋だと思ってみても、引き返す勇気はなく、おどおどしながら椅子に着席した。


「こちらの用紙にご記入ください」


指定された用紙に住所、氏名、年齢、連絡先、希望条件等を記入していく。


書き終え用紙を差し出すと、ガングロ兄ちゃんはその用紙を右手に持ちながら読みつつ、左手で左耳のピアスを弄んでいた。


「えーっと。北海道から上京してきて、22歳。仕事は?それとも学生?」


「いや、部屋決まって落ち着いたら、仕事探そうかなって思っています」


それを聞いたガングロ兄ちゃんは、難しそうな顔をする。


「んーそれだとけっこう厳しいよね。定職ないと審査厳しいよ。なかなか借してもらえないよね」


「・・・そうですか。それじゃ・・・」


どう考えても、まともじゃなさそうな、こんな不動産屋なんかさっさと出て、違う不動産屋に行こうと腰を上かけたとき、ガングロ兄ちゃんはにっこり笑顔で言った。


「でも、うちなら大丈夫。なかなか借りられない人向けの物件たくさんあるから。安心して」


そういうと、パソコンに向かって何やら検索し、電話をかけた。


「どうもお世話になってまーす!スマイル不動産です。佐藤さんいます?あっ佐藤さんいつもどうもです。お忙しいです?ハハハまた冗談言って。それより今お客さん居まして、ええ、またお願いしたいのですが、無職なんですよ~」


店内中に聞こえるくらいの声量で【無職】と言われ、金太郎は恥ずかしくて顔が熱くなった。


「何件か送ってもらえませんか。あります?すいませんいつも。ええ、わかってます。頑張りまーす。どうも」


しばらくすると、FAXで届いたであろう物件図面を数枚持ってきた。


「これなんてどうだい?西武新宿線、花小金井駅、徒歩25分ロフトつき4万円。しかも礼・敷ゼロゼロ。即入居だよ」


「花小金井ってどこですか?」


「あっそうか知らなかったよね。えっと、この路線の・・・」


机に敷いている路線図で、指さした場所のあまりの遠さに金太郎は驚いた。


「ここはちょっと遠いですね。しかも徒歩25分って・・・」


それを聞いて困り顔をしながら、諭すようにガングロ兄ちゃんは語りだした。


「東京じゃ、この辺から都心に通ってる人なんて腐るほどいるよ。もっと遠い人だっているんだしさ。それに、予算とか審査内容考えたらあるだけラッキーだよ」


「うーん、でも・・・」


うじうじしている金太郎を見てか、ガングロ兄ちゃんの貧乏ゆすりの速さが増していき、痺れを切らすように畳みかけてきた。


「ここが絶対お勧めだって。決めちゃいなよ。他の不動産屋に行ってもないよ」


見てもいない物件を決めちゃいなよとはどういうことだと金太郎は憤慨し、もうお店を出ようと決めた。


「難しいようでしたら・・・」


「ヌサソコ!」


「はい!ちょっと待ってて」


なにやら、奥に居る上司らしき人が、ガングロ兄ちゃんを呼んだ。

何を企んでるのか、ヒソヒソ話している。

まあ、何を言われても帰る決意は変わらない。

それより、あのガングロ兄ちゃんの名前変わっているなと思った。

確か「ヌサソコ」って言ったような。

どんな漢字を書くのだろうと思っていると、名刺も貰っていないことに気が付いた。

まあ、どうせもう出るからいいやと金太郎は思った。

奥から真剣なガングロ兄ちゃんの声が微かに聞こえてくる。

(はい、はい、わかりました。・・・大丈夫です。はい、問題ないです)


やがて、ガングロ兄ちゃんは戻ってくると、満面の笑みで話し始めた。


「ごめんね。あったよ物件、渋谷に。そこは、もう、超お勧めだからすぐに見に行こうよ!」


どうせまた希望している条件じゃないだろうと、帰る気満々の金太郎の意思は固かったが、慎重でありながらも、出されたものは全て綺麗に頂き、なんなら何か出るまで帰らないという意地汚さまで兼ね備えた性格が災いし、そろそろ冷たい麦茶でも飲みたいなと粘ることにした。


「どんな物件なんですか?図面とか・・・」


「ごめん図面まだできてないんだわ。出たばっかりの物件だから。いやーでも良かった」


出たばっかりって本当なのか?と思ったが、それより冷たい麦茶よこせと、金太郎は頭の中で念じ続けた。

すると。


「あっ!外、暑いから麦茶飲んでから行こうか。今出すから待ってて」


他の不動産屋2件は、席に着いた瞬間麦茶が出てきたのに、ここはどれだけ経ってから出すんだと思い、店内を見渡せば、さっきの上司と、パソコンに向かっている男性と、ガングロ兄ちゃんの男3人しかいなかった。

まあ、男ばかりで気がきかないから麦茶も出せないのだろうと思った。

残念な不動産屋だなと、金太郎は思った。


しかしすぐに、待てよ、もしかして自分がお店に入って来た時に、これは金にならない客だと即座に判断して、麦茶を出さなかったのか?とも思ったが、さすがにそれはないだろう。


そんな妄想を膨らましていると、ガングロ兄ちゃんが麦茶を持ってきてくれた。


「お待たせ。どうぞ」


「いただきます」


金太郎はやっと落ち着けると、一口麦茶を飲んだ。


(ん?さっきのお店とはまた違った味のする麦茶だな)と透明なグラスを掲げて見てみると、何かしらの沈殿物と浮遊物がプカプカと浮いていた。

目の前のガングロ兄ちゃんは、ペットボトルの水を飲んでいる。


(・・・・)


やばいもの飲まされたんじゃないかと思うのと同時に、変な潔癖症まであらわれ、グラス洗ってないんじゃないかという疑念まで湧き、ついに、もう、グラスに口をつける勇気を失った。


「遠慮しないで飲んじゃいなよ」


余計な事言ってるんじゃないよと、思いつつ

「さっき外でガバガバ飲みすぎたんで。ご馳走様です」

と、お腹をさすりながらグラスを置いた。


「あ、そうなんだ。よし行こうか。すぐそこだから」


まあ、情報がまったくない物件だけに怪しさ満載だけど、ここまできたら見るだけ見ていこうと金太郎は思った。

外に出る準備をしながら、また店内を見渡し、あらためて女っ気のない不動産屋だなと思った。

だからあんな麦茶が出てくるんだろうと思い、2度とこんな不動産屋には近づかないようにしようと心に誓っているところに、エレベーターのドアが開いた。


「戻りましたー」


「お帰りなさい!」


チャラチャラしたカップルのお客を先導するように、もの凄いバディのフェロモン出しまくり女性が帰ってきた。

店内が一気に晴れやかになり、フローラルのような香りが店内中満たされていき、すぐに一度だけ行ったことがある、ススキノの飲み屋が頭に浮かび、夜の蝶を連想した。


「いらっしゃいませ。これから内見ですか?外、暑いんで頑張って見てきてくださいね」


「はあ・・・」


金太郎の頭は夜の蝶にすっかり魅了され、気づけばさっき残した麦茶に手を伸ばし、一気に飲みほした。


「ワキサカさんのところ見に行ってくるよ。無職だからなかなか無くてね」


「まあ、そうですか。決まるといいですね」


ガングロは余計なこと言うなと、顔が引きつりそうになったが、夜の蝶から漂ってくる香りに、怒りが消えて行くのだった。


「行ってきまーす!」


「行ってらっしゃい」


まだ夜の蝶と話していたかったが、ガングロ兄ちゃんに先導され渋々エレベーターに乗った。

なんなら、夜の蝶に物件まで案内してもらいたかったと、あのタイミングで店内に入ってしまったことを、今年一番に悔やんだ。


ビルの外に出ると、渋谷は、一向に弱まらない日差しで、せっかく不動産屋のクーラーで冷やした体の体温が、一気に上昇していった。


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