第26話

 そろそろ……寝たかな?

 私、アメリア・リリィ・スタッフォードはじっとソータを観察する。


 彼は私に背を向けながら、寝ている。 

 寝ているか、判断がし辛い。


 ついさっきはソータが寝ていないと思い、大胆な告白をしてしまった。

 咄嗟に寝言を言ったフリをして誤魔化したけど……。


 今度こそ、大丈夫なはず。

 体感で二時間以上、経ったし。

 ミサトも、お義母様も、寝ているはず。


「ソータ……」


 私は寝言を言っているフリをしながら、ゆっくりとソータに近づいた。

 その広い背中に体を合わせる。

 鼻先を少しだけ付けて、スンスンする。


 体がどこかむずむずするような、良い匂いがする。

 

 抱き着きたくなる衝動に駆られる。


 寝てる、よね?

 呼びかけても、返事ないし。

 ……起きててもいいか。


 さっきは誤魔化せたし。

 次も同じように誤魔化せばいい。


「……おなか、いっぱいです」


 さっきと同じように、抱き着く。

 抱き着こうとした、その時。


「んっ……」


 ソータが寝返りを打った。

 私は息を止め、体を強張らせる。


 ソータの顔が、私の目の前にあった。 

 吐息が私の唇を擽る。


 心臓が張り裂けそうなくらい、ドキドキする。

 

 こ、これ、こっそりキスしてもバレないんじゃ……。

 


 いや、ダメでしょ!

 何を考えているんだ、私!


 未婚の男女がキスなんて……。

 それも寝ている最中、無防備なところをこっそり奪うなんて、倫理的に許されるはず……。


 あ、でも、それを言ったら未婚の男女が同じ場所で寝るのもダメか。

 寝ているフリをしながら、こっそり抱き着くのも……。


 子羊のために絞首刑になるくらいなら、親羊を盗んだ方がマシとも言うし……。


 で、でも、やっぱり、添い寝とキスじゃ差が大きすぎるというか。

 も、もし起きてたら、誤魔化せないし。

 はしたないと思われるかもしれないし、嫌われちゃうかもしれないし。


 頭の中で思考がぐるぐる回る。

 そうしているうちに……。


「リリィ……」


 ソータが動いた。

 ゆっくりと、腕を私の体に回してきた。

 私は思わず息を飲む。


 強い力で抱き寄せられる。

 

『ぁっ……』


 気が付くと、私はソータに抱きしめられていた。

 掴まってしまった。

 動けない。

 抵抗、できない。


『ソ、ソータ、お、起きて、ますか?』


 小声で私はソータに尋ねた。

 さっきの仕返しのつもりなのだろうか。


「リリィ……俺の分、残してくれ……全部、食べないで……」


 返って来たのは、寝言だった。

 やっぱり、寝ている?

 でも、誤魔化しているだけかもしれない。


 ……どちらでもいいか。


 私はソータの胸板に、顔を埋めた。

 彼の心臓の鼓動に耳を傾け、伝わる体温を感じながら、鼻から大きく息を吸う。


 あぁ……ソータでいっぱい……。


 私は幸福感の中、瞼を閉じた。







 朝、起きたら腕の中にリリィがいた。

 リリィが俺を抱きしめているわけではなく、俺がリリィを抱きしめていた。


「さくばんは、はげしかったですね」


 起きて早々、赤らんだ顔でリリィにそう言われた。

 激しいも何も、激しいことをした記憶はない。

 何か、やらかしてしまったのか。


 いや、この感じだとやらかしたんだろう。


「俺、何かした?」

「そーたも、いじわるですね」


 艶っぽい表情でそう答えるだけで、俺がリリィに何をしたのか、教えてくれなかった。

 

 ま、まあ、母も美聡もその場にいたし……。

 変なことはしていないだろう。


 そう思うことにした。


_______________



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①は2話、②は8話、③は10話、④はカクヨム未掲載のシーンです。


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