【書籍化】語学留学に来たはずの貴族令嬢、なぜか花嫁修業ばかりしている【5/1発売予定】

桜木桜

第1話

 高校二年、始業式が終わった後のホームルーム。


「アメリア・リリィ・スタッフォードです。イングランドから来ました。アメリアとよんでください」


 妖精のように可憐な容姿の少女は、天使が鈴を鳴らしたような声音でそう名乗りを上げた。

 美しい銀色の髪が朝日を受けて光り輝く。

 転校生は宝石のように煌めく碧眼で教室をぐるりと見渡した。


 趣味や特技など、転校生は無難な自己紹介をしてから、質問を受け付け始めた。

 好きな日本の食べ物は何か。

 イギリスでの日本の印象は?

 そんなありきたりな質問に、転校生はやや舌足らずながらも上手な日本語で答えていく。

 そして最後に誰かが尋ねた。


 日本に留学することを決めた理由は? 日本に興味を持った切っ掛けは?


 その質問に今まで淀みなく答えていた転校生は、僅かに思案した様子を見せた。 

 そして小さく微笑み、俺――久東聡太の方に視線を向けて来た。

 ……こいつ。


「そこにいるかれ、そーたと、イングランドで、クラスメイトでした」


 自然と俺に視線が集まる。

 俺が去年、イギリスに留学に行っていたことは誰もが知っている事実だ。


「かれとせっしているうちに、にほんに、きょうみをもちました。それが、りゆう、です」


 それから転校生は悪戯っぽそうな笑みを浮かべた。


「いまは、かれのおうちに、ホームステイをしています。つまり……どうきょちゅう、です」


 同居中です。

 何故か、転校生は強調するように言った。


「よろしくおねがいします」


 転校生は――リリィは明らかに俺に向けてそう言うと、ウィンクをした。

 そして俺の隣の席に座った。

 ホームルームが終わると、あっという間に俺と少女の周囲に人だかりができた。

 クラスメイトたちは口々に俺たちに尋ねて来た。


「同居ってどういうこと!?」

「もしかして、恋人同士!?」

「イギリスから追いかけて来たの!?」

「馴れ初めは?」

「国際遠距離恋愛ってこと!?」


「えー、あー、待て。落ち着け……」


 俺は興奮気味のクラスメイトたちを落ち着かせながら、リリィに目配せする。

 お前が説明しろ、と。

 するとリリィは心得たと言わんばかりに大きく頷いた。


「ごそうぞうに、おまかせ、します」


 火に油を注いだ。

 何を考えているんだ……。




 時は遡ること、一月前。

 ある日、俺の母は唐突に言い出した。


「聡太。留学生がホームステイに来るって言ったら、どう思う?」

「うん? まあ、別に構わないけど……」


 半年前まで、俺はイギリスに留学していた。

 全寮制の学校だったからホームステイをしていたわけではないが、英語は話せる。

 我が家が候補に上がるのはおかしな話ではない。


「ただ、どんな人なのかにもよるかな」


 ホームステイということは、一緒に暮らすのだ。

 当たり前だが性格が悪いやつと同じ屋根の下で寝泊まりしたくはない。


「そこは大丈夫よ」


 母はニコニコ……否、ニヤニヤしながらそう言った。

 何だろう、嫌な予感がする。


「聡太が良く知っている人だから」

「へぇ、なるほど」


 つまり俺が留学した時にできた知り合いの中の誰かと言うことになる。

 ふと、俺の脳裏に浮かんだのはメアリーという名前の金髪碧眼の少女だ。

 日本文化……というよりはアニメが好きだという彼女は、やたらと俺に日本のサブカルチャーについて聞いてきたし、いつか日本に行きたいと言っていた。


「もしかして、女の子?」

「あら、察しが良いじゃない」


 母のニヤニヤ顔が強まった。

 もしかして、恋人と勘違いしているのか? 

 確かに彼女とは仲が良かったが、恋人同士ではなかった。


「母さんが思うような関係じゃないよ」

「もう、照れ屋さんなんだから」


 母は妙に嬉しそうだった。

 何故か、確信がある様子だった。

 その時に俺は違和感に気付くべきだったのだ。


 そして新学期が始まる、数日前。

 空港に現れたのは、美しい銀髪の美少女。


『ひ、久しぶり……ですね』


 気まずそうな表情を浮かべながら現れたのは、アメリア・リリィ・スタッフォード。

 留学先で友達になり、そして喧嘩別れした貴族令嬢だ。



_____


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