沖浦数葉の冒険 ―バッファロー殲滅作戦―
広瀬涼太
バッファロー殲滅作戦
全てを破壊しながらこの島めがけて突き進むバッファローの群れを食い止めなければならない。
「……バッファローの群れ、接敵まで2分52秒、51、50、49」
「カウントダウンしてる場合か! どうすんだよこれ」
問い掛ける俺を上目遣いで見ながら、数葉は弱々しくつぶやく。
「……どうしよう……」
フルダイブ型VRMMO、『グレード・ライフ・オンライン』。
いつものように新イベント実装前にデバッグのアルバイトに来ていた俺たちの目の前で、特大のバグが発生していた。
ファンタジー風の衣装をまとっているものの、俺たちの姿は現実世界とほとんど変わらない。
もっとも数葉の場合、リアルでは濡れ羽色の前髪の下に隠されている両目がこの世界では明らかにされて、美少女度が大幅に上昇している。彼女の双眸は潤み、不安げに揺らいでいた。
いや、女性恐怖症が完治していない身からすれば、そんな目で見られると逆に落ち着かんないんだが。
「これバグだよな? いや、もしかしてこういうイベントだったりする?」
「……バグらしい」
胸の前あたりで両手の指をワキワキと
これはプログラミング用のコンソールを操作しているせいだ。それは、一般アルバイトである俺には非表示となっているため、怪しい動きにしか見えなくなっている。
もう一度、海へと視線を向ける。
そこには、全てを……海も空も全て破壊しつつ突き進むバッファローの群れ。
その向こうには、光すらない暗黒の空間が広がっていた。
これを見続けたら、また何か新しいトラウマが生まれそうだ。
再び、隣にいる同級生に向き直る。
「で、どうしてこうなった?」
「……ん。情報共有、する」
そういうと数葉は手の動きを止め、目を閉じて唇を突き出す。
「……んにゃ~~!」
俺がその鼻を軽くつまんでやると、数葉は猛禽に襲われた猫みたいな声を上げる。
「こんな接触で情報共有とかできるはずないだろ」
「……そんなことない。
そうか。今見てるものも、脳に送り込まれたものか。
「って大丈夫か? 社員にセクハラとかされてない?」
まあ今、俺がされかけた気がするが。別に数葉とは恋人同士とかではない。
そう声を掛けると、数葉は激しく首を横に振る。
「……新イベント用に用意されたバッファローの設定、ある社員が変数の入力を間違えた。破壊可能オブジェクトの範囲とか、侵入可能範囲とか、群れの最大個体数とか。そうして、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが爆誕」
「その社員の人に何とかしてもらったら……」
「……ログイン中のその社員は、真っ先にバッファローに破壊された」
「うわあ……」
時間がないとわかっていても、頭を抱えずにはいられない。
全体の修正は社員に任せるとして――。
「今はとにかく、自分たちの身を守らないと」
「……うん」
とはいえ同じゲーム会社のアルバイトでも、プログラマー見習いとして勉強中の数葉と違い、単にゲームを遊んでバグを見付けるだけの俺にできることはほとんどない。
「もう、ログアウトして後は社員の人に任せるでいいんじゃないか」
「……ログアウトボタンはバッファローに破壊された」
「なんでやねん!」
いかん。展開が唐突すぎてツッコミが雑。
「……別の社員が、ログインしてステータス画面の改修をしてたら、バッファローにやられた。さすがにプログラミング用のインターフェイスまで壊されなかったけど、未完成のまま上書き保存されちゃった」
「なんでゲーム内でプログラム作業とかしてるの?」
「……殺風景な都会のオフィスより、ゲーム内のリゾートのほうが仕事がはかどる。情報共有も楽」
「もしかして情報共有に接触すらも必要ないんじゃ……」
「……あ」
うわ、語るに落ちたな。
とはいえその話はあとだ。
「じゃあ、このまま死に戻りしたらどうなる?」
「……リスポーン地点はすでに破壊されているから、暗黒の虚空を助けが来るまでさまよい続けることに」
「何その不死者の末路みたいな話」
精神病みそう。
「……あ。でも、二人なら大丈夫かも」
「!? いや一緒になる保証もないし、とにかく今は破壊されないようにしよう」
「…………うん」
何やら不満げな表情で、それでも数葉はうなずいた。
ならば。
あと俺にできるのは、敵から彼女を守ることくらいだ。
手持ちから一番良さそうな装備を用意し、剣と盾を構える。
そして敵の観察。
俺たちが2分近くじゃれている間に、バッファローたちは細部が確認できるくらい近付いていた。何百頭というバッファローが、押し合いへし合いしながら向かってくる。
「ん……?」
「……あ、何か思い付いた?」
「あのバッファローって、全てを破壊する設定なんだよな」
「……そうみたい」
「だったらなぜ、バッファロー同士で破壊し合わない?」
「…………えっ?」
記憶力や計算能力、プログラミングでは数葉に勝てないが、思考能力なら勝てる――というより、数葉の隙をカバーできる。
彼女が考え込む前に、仮説を立てる。
「あの全てを破壊してるのは、何のスキルだ?」
「……えっと、運営スキル『超鑑定』!」
これは一般プレーヤには使えない、デバッグなどに使用されるスキルだ。
「……あれ、それらしいスキル、ない?」
「一頭ではなく、群れ全体で所有してるんじゃ」
「……それでも所属メンバーにはスキルが表示されるはず」
そうこうしているうちに、バッファローの群れはついに島の砂浜に上陸する。
波打ち際に足跡を刻みつつ。
!
破壊が発生するまでに、タイムラグがある?
「『鑑定』!」
こちらでも、一般スキルを発動する。
「奥の方、バッファローの群れ!」
個別のバッファローの群れの向こう、『バッファローの群れ』という別モンスターが存在した。集団で一体の群体みたいなモンスター。これが同士討ちにならなかった理由。
「……運営魔法『敵消去』!」
何その魔法!?
いや、それよりも。
間に合わない!
反射的に俺は、両手を広げ数葉の前に飛び出していた。
女性恐怖症だった俺が、女子をかばったりするなんて……。
頭の片隅でそんな考えがよぎる。
「数葉! 俺が」
その言葉は、最後まで言い切ることができなかった。
バッファローの群れが、唐突に消滅したから。
――皆様、ご迷惑をおかけしました。バグは解消されました――
そんな運営アナウンスが流れる。
「お、終わった」
全身から力が抜ける。
そんな俺に、いつもと変わらぬ様子で数葉が声を掛ける。
「……ねえ、最後、何を言おうとしたの」
沖浦数葉の冒険 ―バッファロー殲滅作戦― 広瀬涼太 @r_hirose
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