遠い国

@ku-ro-usagi

読み切り

今の彼氏と付き合って2年くらい

結婚の話が出てきた頃に

彼氏が

「何度も見ている夢がある」

って教えてくれた

どこかの異国で

そんな都会とかじゃなくて

まだまだ発展途中の街ですらない村みたいな場所だって

そこで生活してて平和でとても幸せなんだけど

いつも途中で起きちゃうんだって

はにかんだ笑顔で話してくれて嬉しかったんだ

少ししてから正式にプロポーズされて

親への挨拶や周りへの報告に結婚式の準備

新婚旅行の行き先はほぼ私が決めちゃった

彼はどこでもいいって言ってくれたしね

周りと被らないところがよくて

当分海外なんか行けなさそうだから少し遠くにした


結婚式も無事に済んで

それから1週間後に新婚旅行へ行ったの

そしたら空港に着くなり

彼は

「いいね、ここ、空気がいい」

って嬉しそうで

私も初めて来た国だけど悪くない気がした

でも

彼も初めてのはずなのに

この国の空気に凄く馴染んでて

人見知りのはずなのに現地のガイドさんと楽しそうに話してた

3日目かな

彼より少し年上くらいのそのガイドさんが

「私の家に来て下さい、御馳走したい」

って彼とは旧友の仲みたいに親しくなってて

車でガタゴトを走ること1時間

彼はずっと窓の外を眺めてたけど

車から降りるなり

「夢に出てきた場所だ!!」

って

とても長い時間

放心した後に身体を震わせてた

私は

そんな彼の興奮にも喜びにも付いていけなくて

隣でただの同伴者になりかけてた

それくらい彼のテンションはおかしかった

本当に

それからはずっと夢見心地な顔しては

驚く程にその地域の言葉を覚えて話してた

ガイドさんの住んでる家は

お世辞にも綺麗とも云えないし住居環境も

その、凄く悪かった

でも彼は

現地の人とはどちらも顔見知り以上みたいな勢いで仲良くしてるし

若い女の子とは特に何度も目を合わせてた

確かに可愛いけど

「つい可愛い子を目で追っちゃう」

とかじゃなくて

彼と女の子のそれは

まるで恋人同士が微笑み合うような親密なそれだった

彼は後半はその村に入り浸り

最終日はとうとうホテルにすら帰ってこなかった

朝の出発ギリギリに戻って来たけどね


それから

帰国して半年後

彼は出張だと行って家を出ていきそのまま行方不明になった

会社は辞めてた

彼の両親が興信所?とかなんか使って

空港まで来てたことはわかった

予想はしてたけど

たぶん

あそこにいるんだろうね


新居として買ったばかりのマンションの部屋も

1人だとただもて余すし

売って引っ越すことにした

それで荷物をね

新婚旅行用に買って持っていたキャリーケースにも詰めればいいのかと思い付いて開いたら

キャリーケースの中に記入済みの離婚届が入ってた

一時

彼の行方を探すために棚とか彼の使っているクローゼットや洗面所とかは荒らしまくったけど

自分のクローゼットなんて見向きもしなかったから盲点だった

「もし自分を探しに来るようならやめろ」

って意味でここにいれたんだろうね

行かないよ

そこまであんたに情も未練もない


うん

ないはずだったんだけどね

引っ越してしばらくしたある日の夜

すっかり陽に焼けて陽気に笑う彼が

若い女の子に

妙な形の楽器の弾き方を教わっている

そんな夢を見た

あそこよりもっと田舎の村っぽかった

私がじっと見ていると

どうしてか彼が気付いた

そしたら

それまでは全く知らない言葉を話していたのに

私をじっと見つめて

「ごめん」

って謝った

私は

「あぁ、まだ日本語覚えてるんだ」

って思ったし

なぜか

彼からの

「僕をここに連れてきてくれてありがとう」

って気持ちが伝わってきて

「いいよ」

って許した

呆気なくね

多分

その時

私は世界の裏にまで意識を飛ばしてたんだよ

凄いね

人って

でももう二度としないけどね


それであの日

私はやっと彼に

さよならできた

そんな気がしたんだ


だからあの国にも

私はもう二度と行くことはない

身体も

意識と言う名の心を

飛ばすことも

しない








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