2001年宇宙の旅について
スタンリー クーブリックの最高傑作「2001年宇宙の旅」については評論家の岡田斗司夫がかなりくわしい解説をしている。それをユーチューブで見た私は「先を越されてしまった」と思った。
しかし彼の分析と私の分析は完全に同じではない。私がこの映画で一番注目したのは日本の民話の「浦島太郎」との類似点だが、岡田斗司夫は「浦島太郎」には言及しなかった。
難解で知られるこの映画だが、何故難解かというと、因果律を無視しているからである。
それには理由があって、クーブリックは「神」という「全知全能」を描きたかったのである。しかし因果律に忠実では「全知全能」を描く事ができないのである。
この映画の前半は原作者のアーサーCクラーク色が強い。
まず猿が人間に進化するシーンが描かれる。ただ、進化のきっかけが「道具の使用」であり、その道具が「武器」なのである。たしかこのシーンの最後は武器を使った猿が勝ち組で武器を使わなかった猿が負け組になって、勝ち組の猿だけが進化の切符を手にいれたような気がする。
次のシーンは月面である。猿が道具を使う事により人間に進化し、その人間はテクノロジーを発達させてついに月面に到着した。
そして、人工物としか思えない黒い石板を発見するのである。
人類がその石板に触ると石板が作動し、強力な電波を放射するのである。
「人類はもう、ここまで進歩しましたよ月面に辿りつきましたよ」という合図である。その電波は木星に向かって発信されたのでこの石板のオーナーは木星の近くに居るはずである。それで人類は木星探査のプランを立てる。
このシーンで重要なのは東側の国が淘汰されたという事だ。
猿のシーンでも淘汰が行われ、月面のシーンでも淘汰が行われた。だから次のシーンでも淘汰が行われるはずである。
何故、この映画は淘汰を描くのであろう。
それは、少なくともこの映画の前半が「進化」を描いているからである。
しかしそれだけではない。それはこのシーンの直後に登場する木星探査船ディスカバリー号のデザインを見ればわかる。精子の形をしている。
人間の場合、約一億匹の精子が競争するが、卵子にたどり着き合体する精子は一匹だけであり、他は全部淘汰される。
進化も淘汰、受精も淘汰というわけだ。
ディスカバリー号が精子の形をしている理由は他にもある。
私がこの映画を理解したきっかけは岸田秀の「ものぐさ精神分析」である。
この本に民話の「浦島太郎」の分析が書いてあって、それによると、浦島を竜宮城に連れて行ったカメはじつはペニスのシンボルで、竜宮城は子宮のシンボルであるという。これを読んだとき、「そういえばディスカバリー号は精子の形によく似ているな」と思ったのである。だとすればディスカバリー号の目的地は子宮に決まっている。
案の定、ディスカバリー号の内部で淘汰が行われる。
コンピューターのHAL9000が反乱を起こし、主人公のボウマン船長と対決する。主人公以外の乗組員はすべてHAL9000に殺されてしまった。これも淘汰である。
だが最終的にはHAL9000もボウマン船長に無力化された。
HAL9000に勝利したボウマン船長はエーリアンという卵子と合体する権利を手に入れた。
精子である地球人と卵子であるエーリアンが合体すると高次の存在に生まれ変わることが出来る。その高次の存在とは「神」である。
しかし、ボウマン船長には人間として生をまっとうする権利もある。
だがどちらかを選ぶ必要は無い。
ボウマン船長は地球に帰還する事もでき、神に生まれ変わる事もできる。
なぜなら神は全知全能だからである。
「同一の人間が同一の時間に二つの異なった地点に居る」事は出来ない。だがそれは人間が因果律に縛られているからで、神は因果律を破る事が出来る。
本物の全知全能とはこういう事なのである。
「神」になったボウマンは未来の地球に行く。そして未来の自分に出会う。英雄になった彼(未来のボウマン)は豪華な邸宅に住んでいる。しかし孤独である(このシーンは浦島太郎が村に帰ったシーンに該当する)。
「神」になったボウマンにとって主体と客体の区別は無い(だから神は孤独では無い)。
だからいままで客体であった未来のボウマンにすり替わることが出来る。
そして彼は「さらに未来のボウマン」に出会うのである。
だが「さらに未来のボウマン」は寝たきり老人であった。
こうなるともはや孤独なだけではない。時間的にも空間的にも不自由な存在になってしまった(このシーンは浦島が玉手箱を開けて老人になったシーンに該当する)。
「神」とは真逆の存在なのである。
これがこの映画のストーリーである。
では「浦島太郎」は「神」を描いた物語なのか。
そうではない。
「人生」を描いた物語である。
「浦島太郎」と「2001年宇宙の旅」が似ているのは
神の全能を描くことと、人間の無能を描くことが同じ事だからである。
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