最終話『BLOOD/DUCHESS』
ヴィオラが振るった刃は巨人の首元まで届くかと思われたが、巨人は手に持っていた巨大な杖で刃を防ぎ、そのままヴィオラを遠くまで吹き飛ばす。
「ぐっ……!」
たちまち王都から離れた場所まで飛ばされたヴィオラは空中で一回転すると、地面に荒々しく着陸する。
しかし人々が巨人の手にかけられるまでに再び高速で戻り、巨人へ向けて跳躍した。
しかしその瞬間、巨人はヴィオラに向けて口から一筋の熱線を発射する。
それは巨人の体と比較するとごく細いものだったが、凄まじいエネルギーと共にヴィオラに直撃しようとしていた。
「ッ
黒牢の能力を引き出したヴィオラは、空中で熱線を回避する。
その熱線はそのまま遠方の山岳部まで向かうと、山に巨大な穴を空けた。
「あんなの喰らったらひとたまりもない……っていうか私、飛んでる!?」
絶倒信義の能力が拡張され、ヴィオラの体は空中で自在に動けるまでになっていた。
『俺の能力が最大限引き出された証だろう。ちょうどいい、そのままアイツに連撃を喰らわせてやれ!』
「了解!!」
空を飛び、ヴィオラは巨人に何度も黒牢を打ち付けていく。
しかし、巨人はその体に似合わないスピードで杖を使って防御していった。
「なんであんなにデカいのにこんなに素早いのよ! なら……!」
ヴィオラは黒牢からさらに力を引き出し、魔力のオーラによって竜を形成した。
「
竜は先程ラウローと戦った時とは違い、ヴィオラの体より十数倍も大きな姿となる。
それでも巨人の体の半分にも満たなかったが、今のヴィオラにはそれで十分だった。
「行けっ!」
ヴィオラが放った竜のオーラは、巨人の杖に絡みついて杖による防御を封じる。
そこを狙ってヴィオラは巨人に突きを繰り出した。
「喰らえ!!」
巨人の周囲を超スピードで飛び回りながら、体の端々に均等に突きを繰り出していくヴィオラ。
黒牢の刀身は、いつの間にか白く輝いていた。
やがて巨人の右肩・左肩・右膝・左膝・心臓部にそれぞれ突きを与えると、黒牢の輝きが増すとともに巨人の体も、淡い白色に光始めた。
巨人は驚いたように身動きし、その過程で竜を跳ねのけるが、そこにヴィオラの六度目の突きが放たれた。
「
巨人の腹部に目掛けて放たれたそれは、ついに巨人に甚大なダメージを与える。
巨人の腹部は真円で型抜きされたように白一閃式によって消し飛ばされ、その威力によって巨人はよろめいた。
ヴィオラは感覚的にではあったが、もう少しのダメージで巨人が倒せるという確信があった。
「グオオオオオオオオオオッ!!」
しかし次の瞬間、巨人は両手を地面に着き、四足歩行になる。
それと共に上げた咆哮は、まるで獣のようだった。
手を着いたことで空中へと放り投げられた杖はひとりでに巨人の腹部まで移動し、空いた穴を埋めるようにその中へ差し込まれた。
巨人の異様な姿にしばし言葉を失うヴィオラだったが、黒牢の一言により現実へ引き戻される。
『来るぞヴィオラ!』
「ッ!」
四足歩行になった巨人はさらに素早いスピードでヴィオラに突進してくる。
ヴィオラが戦っている間に周囲の人間はまとめて避難していたらしく、巨人に蹴散らされることだけは何とか防げた。
しかしこのままヴィオラが取り逃がしてしまえば、今日の内に巨人は別の街へ辿りつき、そこで同じように殺戮を繰り返すだろう。
それだけは避けねばならなかった。
『……こうなれば、最大限の力を込めた一撃で斬り伏せるしかあるまい』
「それって」
「あぁ。使え、お前が一番初めに覚えた技を」
ヴィオラは空中で巨人の頭と同程度の高さに高度を合わせると、黒牢を力強く握る。
黒牢は今までに見たことがないほどに黒く輝くと、大刀となったその姿をさらに巨大化させるように黒い波動を刀身から噴出させた。
『行くぞ、ヴィオラ!!』
「
巨人に匹敵するほどの巨大な黒い剣となった黒牢は、その力全てを敵へと……世界の滅亡を防ぐために叩き込んだ。
ついにヴィオラは、巨人を瞬く間に真っ二つに斬り裂いた。
「グアアアアアア……!」
地面を揺るがすような断末魔を上げながら、真っ二つに斬られた巨人はサラサラと塵になって消えていく。
地面にゆっくりと降り立ったヴィオラは、荒い息をつきながらその光景を黒牢と見つめていた。
「終わった、の……?」
『あぁ……お前の勝ちだ、ヴィオラ』
巨人は倒され、世界の滅亡は食い止められた。
誰が見ているわけでもなかったが、ヴィオラは勝利宣言をするように拳を天に突き上げた。
― ― ― ― ―
攻炉による王都の襲撃から、約一ヶ月後。
「さて、改めて言うけど今回の任務は……久しぶりにロウウィード王国だ。それも王都での任務」
アレンが黒板に今回の任務の詳細を書いていくのをぼーっと見ながら、ヴィオラは席に着いていた。
隣にはザイルとミレイユも座っている。
攻炉の王都襲撃は、ロウウィード王国に甚大な被害をもたらした。
周辺国との国交が上手くいっていたおかげで復興への支援には事欠かなかったが、それがなければ王国は壊滅していたかもしれない。
とザイルは襲撃後に言っていた。
王都は今も復興のための作業を続けている。
今回の任務は、その隙を狙って出現した魔物の討伐……とついでに作業の手伝いだという。
「まぁ君たちの実力だったら、この魔物の討伐は恐らく大丈夫だろう。念のために弱点も教えておくけど……」
黒板が今回の任務の情報で埋まっていくのを見た後、ヴィオラは隣に座っているミレイユの顔をちらっと見る。
いつも通り冷めた表情で黒板を見つめているものの、その顔は以前にもまして活力に溢れているように見えた。
王都襲撃事件で父親、ガランと再会したミレイユは以前にもまして表情が明るくなったことが増えたようにヴィオラは思う。
ガランは攻炉の壊滅と同時にスレイヤー機関に所属し直したので、日常的にガランと顔を合わせる日が多くなったのがいい方に作用しているのかもしれない。
ガランは機関に所属し直すにあたってザンバとは別れたらしいが、ザンバは「折角だしもう少し旅を続けてみるぜ」と諸国を回っているらしい。
ヴィオラと黒牢は最後に、次はキョウコクで会おうと約束を交わしてから別れたのだった。
「それから、この任務には光明華も同行することになっている。みんな仲良くね」
アレンが名前を出したことにより、ヴィオラの思考は光明華に移る。
光明華のメンバーたちはそれぞれ重傷を負ったものの、現地でのアレンの回復魔法による応急処置の結果、何とか先週現場に復帰することができるようになったという。
王都襲撃事件以降まだ顔を合わせていないので、ヴィオラは再び会えるのが楽しみでもあった。
「よし、こんなところかな。それでは現地へ向かおうか。移動するよー」
アレンを先頭に、ヴィオラたちは教室を出て転移魔法陣がある部屋へと向かう。
部屋に到着すると、既に光明華のメンバーは出揃っていたようで、その中にいたネルカとタクトがヴィオラたちに対して軽く手を振る。
「よし、じゃあルナ先生。行きましょうか」
「そうね」
光明華の教官であるルナが転移魔法陣を発動させると、ヴィオラたち四人と光明華四人、計八人は瞬く間に王都へと転移した。
― ― ― ― ―
「よし、じゃあ俺とルナ先生、それと光明華は復興作業を手伝うから、ヴィオラたちは魔物の討伐をお願いね」
アレンの指示と共に光明華たちと別れたヴィオラたちは、魔物が頻出していると言われている王都の一部地域に向かって歩いていた。
「しかし、王都の復興も大分進んだな。嬉しい限りだ」
ザイルが幾分ホッとしたかのようにため息をつく。
「やっぱり、王子として復興作業に関わってると大変?」
「いや、俺の担当分はそんなに多くないので大変ではないが……それでもやはり父上の心労を思うと、早く復興が完了して欲しいと思うよ。ヴィオラも一時期色々駆けまわっていただろう? そっちこそどうだったんだ」
「私は色々手伝えそうなところを手伝ってただけ。久々に少しだけお父様に会いに行ったりもしたしね」
その時、ミレイユが前方に何かを見たらしくヴィオラとザイルを手で制する。
「二人共、お喋りはそこまでにしておいた方がいいみたいよ」
三人の目の前には豹のような姿の魔物が数匹、音もなく近づこうとしていた。
幸いにして、周囲に人はいない。
ヴィオラは黒牢を抜くと構えた。
「じゃあ、ちゃちゃっと終わらせますか!」
「そうね」
「久々の肩慣らしにはちょうどいい」
ヴィオラは黒牢に込めると、そのまま駆け出す。
『いけ、ヴィオラ!』
「うおおおおおおッ!!」
黒牢の声に後押しされたヴィオラは、魔物に対して一撃を放った。
前世の記憶を思い出し、悪役令嬢という設定に気付いたヴィオラは、最悪の運命を回避するために動き、その結果スレイヤー機関に入ることとなった。
しかし、そこで戦う中で、ヴィオラには『もっと人々を救いたい』という感情が生まれていた。
その感情を共にヴィオラは今、悪役令嬢とは全く異なった波乱と希望に満ちた人生を歩み始めたのだった。
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