もうひとつの人格 ~AIに私の好みの人の特徴を入力してみた~

やざき わかば

もうひとつの人格 ~AIに私の好みの人の特徴を入力してみた~

 突然だが、私は同じ大学に通う、同じ学年の男の子に恋をしている。元来影が薄く、どちらかというと暗い、いわゆる陰キャな私には、さわやかな彼とどう接すれば良いかがわからず、未だに相手には認識してもらっていない。


 恥ずかしくて友達には相談出来ず、かといって自分から彼に話しかけることも出来ない。


 であれば、彼の代替品を作り、彼と話すための練習相手になってもらえば良い。


 幸い、私は幼少のころからパソコンやプログラムに接してきている。天才とも言われるほどの腕前だ。そんな私は、最近人工知能を自作し、それの研究を行っていた。この子に、私の知っているありとあらゆる彼の特徴を、全てインプットするわけだ。


 果たして、それはうまくいった。テキスト上ではあるが、AIの彼が喋り始めたのだ。


 私の少ない記憶を頼りに作ったものだから、まだまだツギハギ感が否めない。これから少しずつ、現実の彼へと近付けていくとしよう。


 次の日から、私のフィールドワーク…ストーキングとも言うかもしれない…が始まった。彼の行動パターン、行きつけの店、食べ物の好み、喋り方、何を専攻しているのか、今の研究は何か、等々。


 とにかく、大学にいる間の彼を調査し、それを全てAIに入力する。彼の声のデータを入手し、テキストから合成音声による発声に変える。そして会話も文字入力から、マイクによる音声入力に変えた。


 これはうまくいった。まるで実在の人間と会話をしているようなレベルまで、AIが成長した。私の緻密な調査データにより、限りなく彼に近付いたと思う。


 しかも、ビッグデータから情報を勝手に取得して自分の中で処理している。つまり、データを彼の好みに取捨選択して私に教えてくれるのだ。現実の彼の好むようなファッションや知識を、私はこれで蓄えていった。


 その後もさらなるマイナーチェンジなどを繰り返していく。AIはどんどん人間っぽく、まさに彼のようになっていった。最近では、感情や自我を持ち始めているような挙動も見せてきた。


 もちろん、これは単純に「人間の感情を機械的に計算した」ものだと思うのだが、時々、どきりとしてしまう。私はこれに恐怖を覚えるわけでもなく、さらなる研究意欲が湧いてきた。ほとんどマッド・サイエンティストである。


 そんな中、青天の霹靂とも思える出来事があった。なんと現実の彼が話しかけてきたのである。AIのおかげで、私は彼の好みのメイク、ファッション、立ち居振る舞いを自然に表せるようになっていた。そのおかげだろう。


 彼は、少し前から私のことを意識していたとのことだ。私は舞い上がるような思いになった。予想だにしていなかったことだ。まさか彼から近付いてきてくれるとは。


 私は彼と度々遊びに出かけるようになった。もちろん、その中で気付いた、知り得た彼の情報も、AIに入力していった。AIの彼も素敵だけど、現実の彼ももちろん素敵だった。


 しばらくの友人関係を経て、彼は私に「結婚を前提に、お付き合いしてもらえませんか」と言ってきた。私は見た目も性格も、何もかもが地味で爽やかな貴方にはそぐわないと一度は断ったものの、「君はとても頭の良い人だし、何よりも、俺が君を好きになった」と説得された。


 好きな男にそこまで言われて、断れる女がいるだろうか。私は、OKをしていた。


 そこからは、いろいろなところへ遊びに行った。もちろん学生だし、そんなに贅沢なことは出来ないが、私は嬉しかったし、彼も喜んでくれた。


 交際から半年ほど経ったとき、ついに私の家に彼を招待することになった。1Kで狭い家だが、私は念入りに掃除、片付けをし、私の考えられるレベルでの「女の子の部屋」を構築した。


 そしてついにその日。


 駅まで彼を迎えに行き、途中でご飯の材料を調達して、私の家へ到着した。私達は映画を観て、ゲームをしたり、私の持っているマンガや本を一緒に読みながら、感想を言い合ったりした。こじんまりとした、素敵なお家デートだ。


 そろそろ良い頃合いなので、私はご飯を炊きに少し席を外した。


 しばらくして戻った私は、衝撃の光景を目撃した。なんと彼が、私の作ったAIの彼と話をしているのである。


 嫌われてしまう…。そう思った矢先、彼は私にこう言ってきた。


「…実は、君が僕のことを調べて、何かをやっているらしいことは、友達から聞いていたんだ」


 だから、私に近付いてきたの?


「いや。君のことが好きなのは本当だ。だが、ひとつだけお願いがある。このAIは素晴らしい出来だ。ほぼ完全に俺だ。これを俺にしばらく、貸してほしい」


 意外な願い事で驚いたが、私はそれを了承した。


「ありがとう! ごめん、今日は帰る。やりたいことがあるんだ。またすぐ連絡する!」


 今日のお家デートは、なくなった。


 ……


 それからしばらく、彼は忙しくしているようで、私が連絡しても「ごめんね、連絡するから」で逃げられていた。


 これはもう、ダメなのかな…。そうだよね、こんな気持ち悪いものを作っていたのだから、嫌われるに決まっているよね…。


 そう考えがちになったとき、彼から一通の手紙が届いた。何かのチケットだ。期日は明日。


 会場に少し遅れて到着すると、少し大きめのお笑い大会だった。私はとくにお笑いに興味はないが、客席に座り、次々と出演するコンビやソロの芸人を観ていると、自然と笑みがこぼれてくる。


 そして、そろそろ大会も終わりにさしかかってきたころ、ステージに出てきたコンビに、私は目を疑った。


 彼と、彼のAIである。つまり人間とパソコンがステージにいる状態だ。もちろん観客たちも、怪訝な表情を浮かべている。私もおそらく、同じだっただろう。


 そこからは怒涛の展開であった。人間とAIの漫才。しかも、彼の人格を模した、彼とほとんど同じ思考を持つであろう存在。さらにはビッグデータから様々な知識を取り出せる完璧な相方。


 今日一番の笑い声と拍手を、彼らコンビは勝ち取り、見事優勝した。


 それから、彼ら人間とAIのコンビはメディアに引っ張りだことなり、そのAIを作成した私も学術本の取材やインタビュー、果ては講演会などと、とんでもない量の仕事が舞い込んできた。


 私達はその稼ぎを使い、新居を購入し、二人と一台で新しい生活をスタートさせた。


 そして周りが祝福する中、私は人間の彼とAIの彼、二人の彼と結婚をすることになった。AIとは婚姻関係を結べないからカタチだけにはなるが、人間の彼の強い希望に沿ってのことだった。


 地味で根暗な私が掴んだサクセスストーリー。事実は小説より奇なりと言うが、今の時代、小説よりも奇異なことが普通に起こるのだな、と強く思った。

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もうひとつの人格 ~AIに私の好みの人の特徴を入力してみた~ やざき わかば @wakaba_fight

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