異世界召喚した爽やか系美少女の愛が重い

沙羅双樹の花

第1話 プロローグ





「どうだ成功しそうか?」

「ご安心下さい、ルシウス殿下。必ずや成功してご覧に入れます。」


 「そうか」と意気込む魔術師長に相槌を返す。

 我ながら冷めた反応だったのは、勇者召喚なる魔術丸っきりあてにしていないからだろう。


 勇者召喚とは、かつて神々が君臨されていた時代から伝わる降霊術の事だ。

 異なる世界の死した魂を呼び寄せ、こちらの世界で復活させる。

 その人物らは、特別な才能を持つものも多いらしい。

 尤も、前述の通り、俺は毛ほども魅力を感じていないが。


 敵国のアスラ帝国が、勇者召喚という儀式を行うから、我が国でも召喚しようということになったが、信頼を置けない人間を増やして一体、如何程の価値があるのか、甚だ疑問である。


「「「死の運命、反転する寓意、再生の奇跡、死の円環により甦れ、異邦の稀人よ。」」」


 5人の魔術師による一糸乱れぬ詠唱が広間に反響する。

 大理石の床に刻まれた巨大な魔法陣は、徐々に青白い光を帯び、充溢するマナが空間を波打たせる。


「「「転生降臨アナスタシス!!」」」


 決壊を迎えた。

 一際、眩い光に広間が包まれる。

 マナの奔流が突風となって吹き荒れ、俺の黄金色の髪を揺らした。

 伏せた瞼を持ち上げてみると、魔法陣の上には多数の人影があった。


(・・・・・いや、多いな。)


 ただ些か数が多過ぎる。

 マナの流れを感知するに、総勢40名ほどだろうか。

 役目を終えて沈静化した魔法陣の中に寿司詰め状態で40名が突っ立っている。


「ここ何処!?」

「ちょっ!?キツイ!」

「お、押すなよ!」


 似たような服装をしている割に統率力の欠片もない集団は、もつれ合うようにして、一気に瓦解する。

 まぁ、40名が居座るには狭い空間に推し詰められていたのだから、仕方ないと言えば仕方ないが、どうにも格好がつかない。


「で、殿下・・・・・」


 脂汗を大量に浮かべて弁明しようとする魔術師長を俺は片手を上げて、機先を制する。

 気持ちは分かるが、客人を前にして、するべき行動ではない。


「取り敢えず、勇者様方を起こして差し上げろ。」


 まさか倒れたまま、話し出す訳にもいかない。

 いそいそと動き出す魔術師達に追従して、俺も椅子から立ち上がり、勇者一行の元へと。


「どうぞ、お掴まり下さい。」


 手近にいた一人の少女へと手を差し出す。

 言葉に反応するようにうつむき加減だった顏が上がる。

 彼女は可憐な少女だった。

 白皙の耳朶に乗せられた艶やかな黒髪。

 大きめの瞳は澄み渡る青空のような輝きを放ち、愛らしい顔立ちの中でも、ふっくらとした薄紅色の唇と並んで、人の目を魅惑する。

 王太子である俺が言うと奇妙な物言いになるが、童話のお姫様のような少女だった。


「やっと・・・・・」

「は?」


 艶めかしい唇が紡ぐ呟きが聞こえず、俺は脳天に疑問符を浮かべる。

 瞬間、がっしりと差し伸べた手が華奢な手に包まれる。

 ぎょっとする俺に向かって、少女は矢継ぎ早に続けた。


「やっと会えた。もう二度と会えないのかもって、ちょっと諦めかけてたけど、このタイミングで助けてくれるだなんて。やっぱり君と私は運命の赤い糸で繋がれてるよ。あぁ、もう駄目だ。好きって感情が抑えられないや。抱きしめても良いかい?」

「はぁ!?」


 なんだ、こいつは!?

 何百年も感情を煮詰めたような過剰なまでに甘ったるい愛の囁きを間近で喰らった俺は、素っ頓狂な声を上げて、慌てふためく。


「大好き!!」

「ぐはっ!?」


 その心からの悲鳴をどう聞いたのか、少女は飛びつくような勢いで俺を抱き締め、そのまま押し倒す。

 華奢な肢体には不釣り合いな大きな乳房が、むにゅりと柔らかな感触を齎したが、そんな事に構っている余裕は俺にはない。


「〜〜〜!!」


 人一人分の体重が乗っかった状態で、受け身も取れずに、地面に衝突し、堪らず悶絶する。


「ふふふ、温かい。」


 その間、少女は猫のようにすりすりと俺の鳩尾の辺りに顔を押し付けてくる。


「で、殿下ぁぁぁ!?」


 魔術師長が愕然と立ち尽くしたまま、悲鳴を上げる。

 さもあらん。

 彼からすれば、召喚した対象が、国の王太子に無礼を働いたのだ。

 下手すると打首で、その難を逃れても、不況を買って将来の栄達えいたつを逃すことになりかねない。

 こういう反応にもなる。

 ただ俺としては、突っ立ってないでどうにかしろ、と我儘を言いたかった。


 そうこうしている内に少女は、のそりと身を起こし、獲物を狙うような眼差しで俺を見下ろした。


「可愛い唇。」


 非捕食者の本能が背筋を寒くする。


「やめっ──」


 そう言い切る前に唇は塞がれる。

 重ね合う唇と唇。

 触れ合うだけのバードキスだったが、俺を絶句させるには十分だった。


「ふぅ。」


 再び、身を起こし少女は横髪を耳にかきあげ、ふっくらとした唇を満悦そうに舐めた。

 対照的に俺はふるふると唇を震わせる。


 最早、我慢の限界であった。

 度重なる衝撃によって思考を放棄した俺は、動揺を憤怒へと変貌させ、雷鳴のような怒号を発した。


「こいつを今すぐ摘み出せ!」


 こうして俺と少女は、邂逅した。

 心底、思う。

 彼女と出会う事が無ければ、もう少し俺の人生は穏やかなものだったろうと。

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