回想8


 父さんの書斎の壁にはダーツボードが付けてあって、毎日のようにダーツを投げていた。「壁に穴が空いちゃうから、せめてソフトにして欲しい」と母さんは嘆いていたけれども、日頃は母さんの言う通りに動いて、要求らしい要求をしてこなかった父さんがことダーツ関係に関してだけは頑なだったのは印象深い。防音加工されていたので、部屋のすぐ傍まで寄らないと聞こえなかったが、トントントンとリズム良く音がしていた。


「何か用か」


 ダーツボードの中心に一匹の小鳥がいる。既に両翼ともピンで固定され、落ちないようにしている。体じゅうに刺し傷がついている。父さんはそこに向かっていつも通り、リズム良く三本の金属の矢を投げていた。矢の一本が頭部に達して、顔を潰していく。


「あの鳥さんはね、ダーツの腕を効率よく上げる為の教材なんだ。鳥さんを狙うようにしたら上手く投げられるようになった。要するに指向性が大切だということだ。目的もなくダーツボードに矢を投げるだけでは意志はまとまらない。中央に刺さっても、端に刺さっても、机上の点数の違いがあるだけで面白みがない。目標を配置して、そこに目がけて投げる。当たれば変化がやってくる。これが人のやる気を引き出するんだな。まあ、もうこの鳥さんは面白みがなくなってきたから、また別のにするがね」

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